「昼から グッと気温が上がりましたね」
掃除中の酒井が 汗だくだ
「予報じゃ 34℃まで上がるらしいぞ」
神崎も流石にバテていた

広い通路で掃除している二人はまだ良いが
狭い居室で作業している者は大変だ

「熱中症で 死人が出るんじゃないすっか」
酒井は、刑務所の夏は これが初めてだ

「大丈夫だよ、暑さ、寒さで死なないよ」
冷房、暖房はまったくないが
酷暑の夏も 厳寒の冬も不思議と皆 元気だ
(刑務所に入ると丈夫になるのかなぁ)
神崎もそうだが 暑さ寒さには随分強くなった

最近では 夜 うちわで扇ぎながら眠る
〝芸当〟を身につけた
30℃の夏でも −2℃の冬も
グッスリ眠れるようになった

さすがに 真夏は処遇の許可で
ランニングシャツとパンツで眠れる

汗は猛烈にかくため 水分補給は欠かせない
平日は、全員に昼3時にスポーツ飲料が
配られる 時々 アイスも配られる

配り役の神崎たちは アイスも早食いだ
視覚過敏の神崎にとって
〝アイスの早食い〟は拷問に等しい

相変わらず 回収には神経を使う
容器がダメな受刑者には
中身だけを 移し替えなければならない
スポーツ飲料もアイスも嬉しいが
手間がかかる

「神崎さん、いつもより凍り過ぎてて
    誰も食べ終わってませんよ」
基本、10分の昼休憩で回収しなければいけない
神崎も凍ったまま呑み込んだので
胃が冷たくてたまらなかった

刑務所は 受刑者の健康管理は徹底している
ガンで胃の手術をした受刑者には
軟食とミキサーにかけた副菜
アレルギーがある受刑者には
代替食でそれぞれ対応するのだ

夏の水分補給で熱中症対策も万全体制だ

「今日は 増浴だから助かりますね」
夏の処遇は 入浴も一回増える
10分のシャワーが浴びられる
しかし、居室に帰ればまた汗だくになる

網戸が粗いので 蚊との戦いもある
蚊のいない クーラーが効いた部屋が懐かしい
人間は 随分 贅沢になったものだ

刑務所暮らしのお陰で 今度の海外赴任は
南米でもアフリカでもどこでもかまわない

(まっ、復職できればの話だな)
過去に一度 ペルー行きを断ったことを
思い出す 神崎だった

つづく