「神崎さん、とうとう八項 きたんですね」
酒井は 相変わらず 察知が早い

八項とは 仮釈のために必要な
八つの項目を記入して提出する書類のことだ
仮釈放までには 通常だと
最初に 十二項、次に仮の面接、そして八項
そして、本面接を経て 仮釈となる

法律では 刑期の3分の一が過ぎてから
手続きされることになっているが
全ての手続きにはある程度 時間がかかる

よく模範囚という言葉を耳にするが
何も問題を起こさなければ
基本、誰でも対象となるようだ
性犯罪やオレオレに厳しいという
噂はあるが あくまでも噂の領域だ

いずれにしろ基準として 八項がくれば
だいだい 4ヶ月くらいで仮釈放となる

仮釈放を待ち望んでいる受刑者にとって
ある意味 八項が一番 その判断材料となる

神崎は 裁判で争って長引かせてしまった為
仮釈放は 諦めていたが、実際 八項を
手にすると 自然と笑みがこぼれていた

「なんとかな、あと3〜4ヶ月というところ
    だな! お前にも引継ぎ始めなきゃな」
返事がどうしてもニヤケてしまう

刑務所では、これ以降 何か問題を起こすと
仮釈放は 取り消される
八項以降は 細心の注意が必要だ

神崎も以前、同部屋の人間が八項の後に
懲罰になり 満期出所になるのを見ていた

不思議なもので この大切な期間
慎重にはなるが 腹も立たない
もう身体も心も溶け始めてるからだ
頭が娑婆っ気し始めている

現実的に あと数ヶ月で自由なのだ
もちろん 保護観察所や保護司の監視はあるが
もう〝外〟に出られるのだ
もう〝ウン◯〟に触らなくても良いのだ

さすがに この医療刑務所での経験は
特殊なものばかりだった

神崎は 此処から出す手紙には必ず
『此処での経験を糧に…』
と綴っていた
実際 神崎の人生が この経験で
大きく変わりそうな予感がしている

様々な 人生に接して 神崎の
価値観、世界観は 大きく変化した

人の痛みに対する弱さも強さも知った
今まで 見過ごし、気づいてさえいなかった
多くの痛みを知ることができた

(お陰で 俺も一皮むけたかもな…)
神崎は 今、正直にそう思えていた

つづく