「神崎、お前がなぜ 勝手に決めるんだ!」
神崎とは犬猿の仲である 職員の大林が吠える
普段から神崎をつけねらっている大林は
どんな些細なことでも 大袈裟にしてくる

祝日菓子の回収のやり方で
明らかな〝イチャモン〟をつけてくる
いつも冷静に反応する神崎のことが
とにかく気に入らないのである

この日は 何かにつけて文句を言ってくる
「虫の居所が悪いんですかね、先から
    ずっと怒鳴りっぱなしですよ」
事情を把握している酒井が小声で話かける

「新入の職員連れてるから 空威張りして
    張り切ってるんじゃないのか」
「あれじゃ 娑婆のチンピラ◯とかわんねぇな」
神崎もウンザリだ 

以前から 神崎には何かと嗾けてくるが
最近は、度が過ぎている

「お前ら 何を喋ってるんだ、許可とったのか」
「神崎、もうすぐ入浴だから早く準備しろ」
「布団乾燥、回収したのか」
いつも関わらない指示まで飛び出した

「講談許可は取りました、風呂も布団も
    既に対応しました」
神崎もあくまで事務的に応えた

「誰に 許可とったんダァ〜」
「勝手に喋るな!って言ってるんだ」

どうしても 謝らせたいのだ
他の職員には 悪く無くても謝るが
神崎は 大林だけにはそうしない
頑なまでにも 事務的に対応する

「どうしたんダァ、文句あるのかぁ」

今日は、本当に執拗に絡んでくる
「文句などありません、私は事実のみ
    丁寧、簡潔に応えただけです」
神崎は あくまでも冷静だ

「それが気に喰わないんだ 素直じゃねぇな」
相変わらず 執拗に絡み続けてくる

「いったい、何いってるのか わかりません」
漫才のギャグのような言葉を返した
大声の掛け声ばかりで この大林は普段も
本当に 何を言っているかわからないのだ

(やっちまった〜)
しまったと神崎が思った時には 既に
大林の顔が真っ赤に染まっていた

「神崎、覚えてろよ お前を絶対に二類に
    あげないからな!」
大林の魂胆がみえみえだ

此処では 毎年 春と秋の二回 態度、成績に
応じて 類が変更になる
上から 一、二、三、四、五類とある
通常 服役して半年で 何もなければ
三類となる 懲罰があると四類
それを繰り返すと 五類まで落ちる

仮釈放にも幾分か影響するので
類は 高い方が良い
また、菓子類が食べられる集会も
三類以上なので この差はとても大きい

神崎は 三類になって 1年が経つため
この秋の変更で 二類の候補となる
大林には、その事が頭にあるらしい

二類以上はインスタントだがコーヒーが飲める
些細なことだが、此処では大変贅沢な事だ

「すみませんでした…」
情けないが コーヒーを人質にされるのは
〝痛い〟
コーヒー好きの神崎にとって 
今回は負けを認めるしかない

神崎は 満足して 去っていく大林の背中を
観ながら 唇を噛み締めた

つづく