「西側の廊下には しばらく近づくなよ」
朝、出役時に 職員から指示がでた

「ガラスが粉々に割れて散乱してるから
    危ないから修理が終わるまで立入禁止だ」

昨日 夕方、配食が終わり神崎たちが帰ってから
騒動が起きたらしい…

「25室の宇宙人が、暴れたらしいっす!」
酒井が 西側の廊下を眺めながら話し出した
「素手で廊下側のガラスを全部割ったらしく
    畳も血の跡がついてたようですよ
    今、営繕の係がこっそり教えてくれました」

「最近、調子 悪かったからなぁ…」
神崎も1170番に関しては 注意していた
「昨日、ずっと全裸でしたから そろそろ何か
    やらかす頃だと思ってましたよ」
日頃の身の回りの世話をしている神崎たちは
受刑者の少しの変化で異常が予測できる

誰よりも身近で 〝観察〟しているから
微妙な変化も見逃さない

しかし、同じ受刑者なので、必要以上の
干渉は許されない

「あの部屋、窓を全部プラスチックに変更する
    らしいですよ、危ないすっからね」
これも営繕係から聞いたようだ
「これで、プラスチックの窓が随分増えたな」
神崎は、そのうち全部プラスチックに変える
だろうと思うようになった
よくよく考えると割れたガラスが一番 危険だ

この1170番 宇宙人は 普段はとても知的で
とても犯罪などに関わるようには見えない
それが 時々 訳の分からないことを口にする
「地球人の皆さん…我々は…」
と話し出すと後は 何を話しているのか
まったく理解不能だ

本人曰く 彼は地球人ではないらしい…
知性は相当高いのだろう、内容はNASAも
驚くような 壮大な宇宙戦争の話題となる
冷静に記録すれば SF大作となりそうだ

昨夜は 遅くに その〝危機〟が迫ったのか
いつも以上に暴れたようだ

今は、保護室で温順しくしているようだが
保護室は窓もないから 〝攻撃される〟
危険も感じないのだろう

「そういえば、新人が宇宙人から
    『地下シェルターの入り口が塞がれてる』と
    この間のガリの時に言われたそうですよ」
酒井が 思い出したように神崎に言う

「東側の倉庫の前に ダンボール積んであるから
   俺も配食の時に言われたよ、あの扉が
   地下シェルターの入り口だと信じてるから」
宇宙人は、備品倉庫の扉を以前から
地下シェルターの扉だと言って頻繁に
神崎たちに 注意してきていた

配食の効率の手前、反論するわけにはいかず
わかったふりをすることも少なくなかった
基本、中の受刑者に何を言われても
反論はしてはいけないという規則だ

以前、宇宙人から
「お前は、地球人じゃないだろう」
と言われた酒井は
「そうです、私は 冥王星から 懲役200年で
   此処に 送られて来ました」
と応えていた
その日から酒井は、冥王星人になった

この刑務所には、本当に様々な受刑者が収容
されている

「神崎〜、9室が 水浸しだから掃除頼む」
交代の職員が困り果てた顔で 神崎を
呼んでいる

9室の住人 1090番は、部屋中 大量の水を撒く
何が目的なのかは 分からないが
いつも室内を水浸しにしてくれる

「酒井、畳入れ換えるから手伝ってくれ」

此処では日常の〝意味不明〟には干渉は
許されない
ひたすら それに対応するだけだ

つづく