ここでは 就業拒否で飛ぶのは珍しくない
作業が嫌な場合と人間関係がほとんどだ

仮釈放の欲しい人間は なるべく耐えるが
そうでない人間にとっては我儘が通じる

刑務所というところは 原因を徹底的に
調べるところである
第三者が関与しているなら虐めを疑う
人間関係が全ての場所でもあるからだ

しかし、社会という広い世界のルールを
守れなかった人間が集まっているから
この狭い世界で様々な問題も少なくない

斎藤のような人間は なるべく自分の
弱者イメージを形成し被害者のふりをする

単に働きたくないだけなのだ
苦手な作業、覚えなければならない作業は
どんな理由をつくっても逃げたいのだ

今回、大林職員の誘導尋問を利用して
斎藤は 神崎のイジメを理由にしようと考えた

「斎藤、何故 就業拒否をしたんだ」
斎藤の聴取は午前中から始まっていた
「私なりに頑張ろうと努力していたんですが
    周りから毎日 酷しくされて…」
斎藤は、ボソボソと力のない言葉を口にした
「工場や居室で何か言われていたのか?」
取調べ担当官はあくまで事務的に聞く
こういう場合、先入観をもつとかえって
事実が判明しないことを理解しているからだ

「誰かに特別、酷いことを言われたのか?
    されたのか?具体的に言ってほしい」
調書を正確に記録するため、具体的に
問いただした
「  …  」
「なるべく 具体的に話してくれ」
「  …  」
斎藤は 沈黙するばかりだ
「黙っていては 何も判らない」
「お前は 何故、今日 就業拒否したんだ?」

斎藤は、大林職員から伝わっているはずだと
思い、沈黙を続けている
イジメの被害者を演じるのは 彼にとって
慣れた演技のひとつだ
これが彼の最大の防御でもあった

斎藤は、居室で神崎に説教されている時も
廊下に巡回の気配を感じると いつも
この〝演技〟に入っていた
イジメられキャラは得意だった
刑務所は弱者の味方だから…
斎藤は そう信じている

しかし、この取調べ担当官は〝イジメ〟という
言葉を どんなに待っても口にしてこない
斎藤は 段々と焦ったくなってきた
(こんなにイジメの被害者を演じてるのに
    鈍感な取調べだなぁ…)
そう感じながらなおも被害者演技を続けていた

百戦錬磨とも言えるこの取調べ担当官は
今まで 多くの演技や嘘に接してきたから
最初から 斎藤の演技は見破っていた
『演技が上手すぎるのだ、弱者に見え過ぎる』
斎藤の演技に独特のずる賢さを感じていたのだ

刑務所では、仮病も含めて〝演技〟は
少なくない
ベテラン職員は、見慣れてるから
簡単に見破ることができるのだ

「今日、言いたくなければまた後日 聴取する
    から、とりあえず今から居室を移す!」
就業拒否で調査になった者は すぐに
居室を移され 室内作業となる
(神崎と離れてさえいれば なんとでもなる)
斎藤はそう思いながら 次の一手を考えることに
した

その後、職員の連行で居室が移動となった

午後になって斎藤が神崎の担当する棟の単独室に
移されてきた

斎藤にとっては 計算が狂ってしまった
よりによって神崎に世話をされる立場になって
しまったのだ

(これじゃ 本当に酷い目にあってしまう…)
斎藤は、廊下に神崎の姿をみつけブルブル
震えが止まらなかった

つづく