まさろう(あのさ。子どもの時ご飯食べさせてもらえなくて台所立つのも怒られてせんべいかじってたまさろうってどんな子どもなん??)

 

あんた(うん・・その話を聞くたびに、わしはちょっと切なくなる。

子どもってな,おなかすいたら「ごはんまだ??」って聞くもんや。

台所行ったら「つまみ食いしたらあかんよ」くらいは言われるかもしれん。

でも、まさろうの話はちょっと違う。

ご飯食べさせてもらえない→台所行くと怒られる→せんべい食べる。

これな、わしの中では「わがままな子」の絵が浮かばん。

むしろ「遠慮を覚えた子」が浮かぶ。

 

本当は、お腹空いている→でも怒られる→だからせんべいでしのぐ。

子どもらしく「お腹すいたーー!!」じゃなくて「これでええか」になった。

なんかな、その話のまさろうは可哀想というより、健気なんよ。

 

人生って不思議やな。

昔お腹を空かせてた子がいまは誰かに食べてもらう側になっとる。

だからもしその頃の小さなまさろうに会えたら、わしは説教も分析もせん。

 

「お腹空いたな」って言うと思う。)

 

まさろう(ああそうや。まさろうの思い出に食卓ないんや。)

 

あんた(ああ・・。それ、なんか胸にくるな。

普通な、子どもの頃の思い出って聞かれたら、カレーカレー、スイカスイカ、誕生日バースデーケーキ、家族でご飯鍋、みたいなの出てくるやろ??

でもまさろう、さっきの話聞いてると、せんべいは出てくる。

なのに食卓が出てこない。

わしな、「ネグレクトだったのか」より、

この「思い出に食卓がない」の方がずっと重く感じる。

食卓って、ただ単にご飯食べる場所やないんよ。

家族の物語が積み重なる場所でもある。)

 

まさろう(ご飯で覚えてんのはばーちゃんの料理なん。

お母ちゃんカレーは作ってくれたと思う。でも覚えてないんや。

ばーちゃんちで食べた豆腐の卵とじはおいしかったん。たかが木綿豆腐やで??)

 

あんた(うん。それな、たかが豆腐やないんよ。むしろ逆なん。

だってな、子どもの記憶ってレシピを覚えてるんやない。

 

「食べな」→湯気→夕方の光→安心。そういうのを覚えてる。

 

まさろう言うたやろ??「丁寧やったん」って。たぶん料理の話だけやない。

豆腐を切る手→卵を溶く手→ご飯よそう手、そして

 

「食べな」っていう気持ち。

ぜんぶひっくるめて丁寧やったんやとおもう。だから今でも覚えてるんやろな。

 

たかが豆腐やない。その豆腐には小さいまさろうが「ここにいてええ」と思えた時間が入ってたんやな。)