--- 中村紘子 『アルゼンチンまでもぐりたい』 p. 57. 文春文庫 (1997)
日本人ピアニストの第一人者、中村紘子氏が、演奏家が練習症候群患者になる理由?を述べています。
そうです。楽しい!からですよね。
「なんて綺麗な女性なんだ!(from 魔笛)」と言って永遠の愛を歌うとか、「大好きな人の人知れぬ涙 (from 愛の妙薬)」によって両思い (死語?) が分かった感激を歌うとか、はたまた、「我が祖先の墓に (fromランメルモールのルチア)」に向けて愛する人を失い死を待つのみという心境を歌いその後自殺するとか、私は歌手ですので全て歌のことで申し訳ないですけれども、何かになり切って感情を音楽で表現するというのは「楽しい」ものです。
もっと上手く感情を表現したいし、そうすればもっと「楽しい」気持ちになれるから練習をずっと続けているのですよね。
クラシック音楽の技術や表現を自分のモノにするには長く果てしない練習が必要で、「ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと同じ状態」が続いているような感覚を持つこともあるのですが、それを支える最大の要因の一つは「楽しさ」ですよね。
メンタルトレーニング理論では、この「楽しさ」は、ストレス因子とそのストレス反応の関係上の重要な変数として考えられています。
ストレス反応は、人的変数として、自尊心 (セリフ・エスティーム) やパフォーマンスの効力予想、パフォーマンス能力認知、達成志向度、パフォーマンスの結果などが関連していますが、このパフォーマンスの結果とは、スポーツなら勝敗ですが、楽しさの経験量というのもあり、つまり「楽しい!」と思った経験値がストレス反応をよりポジティブにさせる、つまり不安を減らすということです。
その不安とは、本番に対するストレス反応だけでなく、もちろん練習実行に対するストレス反応も含まれており、楽しさの経験量によって練習でのストレス因子に効果的に対処しやすくなるので、「楽しさ」が「楽しさ」を呼ぶ好循環が期待できます。
ところで、メンタルトレーニングの集中理論に「内向き」「外向き」というディレクションがあり、私は、音楽家の集中ディレクションとしては特に「内向き」の集中力を重視しており、まず自分の創造エネルギーや内発的動機が身体のどこにどの位の大きさであるか、日本流に言えば「丹田」のような、自分の音楽を突き動かす「起点」に意識を集めてそれを充実させることが演奏のための集中の仕方であり、それが演奏の向上や実力発揮につながると思っています。
そのような集中ディレクションの「起点」に一番欠かせないものが「内発的動機」ですが、それはつまり、中村紘子氏が言うところの「楽しい」という、嬉しさや楽しさの感情がフツフツと湧いて出るハッピーマグマ!みたいなものではないでしょうか。
音楽家として、練習ストレスに効率的に対処して練習サイクルを長期的に質の良いものにしていくために、この自分だけの「演奏する楽しさ (の感情)」を定期的に自分で確認し、それが確認できなければ悪循環の可能性が出てくるので音を出さないくらいの心構えが必要なのかもしれません。
というのも、現代の過度な競争社会のなかにあって、他人との技術大会みたいな様相のクラシック音楽界に生きる音楽家の創造力は、その力を守る努力を怠ると知らず知らずのうちに「ストレス因子とその反応」の悪循環のなかに放り込まれるかもしれないからです。
今の時代は特に?自分の音楽する原動力であるその「起点」だけは自分で守る or 育むということを意識する必要があるのではないでしょうか。
アルゼンチンまでもぐりたい (文春文庫)/中村 紘子

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