--- バーンスタイン・カスティリオーネ 『バーンスタイン 音楽を生きる』 p. 126. 青土社 (1999)
バーンスタインは「音楽は旅程のようなもの」と言っています。
今までにこのブログで引用し学んだ多くの一流音楽家の考え方を参考にすると、旅程は人生と置き換えられるのではないでしょうか。
音楽は、つまり、その1曲は「人生の旅」そのものであると。
バーンスタインは、その旅をどのように進むべきか、言い換えると、音楽をどのように演奏すべきかという点において、「初めての道であるかのように」「細心の注意を払って」「一瞬たりとも見失わないで」と言っています。
この言葉はバーンスタインなりに音楽を人生に例えた精神論であり、演奏技術の習得に、メンタル (心の持ち方) が深く関わっている証と言えますが、メンタルスキルの観点から考えると、演奏技術と一体化している「創造力と集中力」の充実や育成の大切さについて述べていると私は思います。
私は声楽家なので、歌の例で例えると、歌では技術がないと出せない音程や音質が確かにありますが、その技術を行える自分だけのメソッドを作り上げるための「創造力と集中力」の成熟を待たなければならないところがあるということは、声楽家なら大なり小なり経験しているのではないでしょうか。
技術偏重に陥っていた歌い手が、自分の感情をモロに全て声で吐き出そうとしたその時に求めていた声が出た!という話がありますが、技術の成長に心が追い付いて (または逆?) 自分に合うメソッドが一瞬見えたということではないかと思います。(自分だけのメソッドを定めるというのはまた、心を定めることでもありもっと難しいと思いますが)。
ところで、バーンスタインの「初めての道であるかのように」というアドバイスですが、このメンタル的な指針はとても難しいと思いません?
クラシックの音楽家は、ジャズと違って楽譜が存在し、決められた通りに演奏しなければならなく、正確に弾けるようになるために繰り返し繰り返し同じところを練習しますが、その上で、バーンスタインは「初めての道であるかのように」演奏しなければならないと言っています。
練習では同じところを繰り返すけれども、演奏では初めてその曲を弾くような新鮮さを要求するというのは、一種の矛盾みたいな話に聞こえます。
しかし、人も「生きながら死んでいる」「死にながら生きている」わけで、この矛盾みたいな話こそが「音楽=人生」を裏付けているのかもしれませんね。
結局、人生でも音楽でも、人は死ぬことは分かっているし、この曲がどんな道を通ってどう終わるかもはっきり分かっているけれども、そのプロセス上の「今ここで」どのように自分の「創造力と集中力」を発揮できるかということにかかっているのでしょう。
毎日練習して見慣れすぎるくらい見慣れてしまった曲であったとしても「初めての道であるかのように」新鮮な好奇心で演奏するということは、結局自分内部の「創造力」に向かう集中ディレクションを常に保ちながら演奏することであり、日々の練習にそのような意識 (メンタル) を取り入れることは必要なのかもしれません。
今「生きながら死んでいる」自分の奥底にある「創造力」こそがいつも新しいということになるのですから。
バーンスタイン音楽を生きる/著者不明

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