先日、保育園の心(娘)の担任の先生から
「心ちゃんに『夏休みの絵を描こう』って言ったら『絶対イヤ』と言われてしまい・・・」
というお話がありました。心は本当に頑なに
「夏休み、楽しかったことなんかない!絶対に描かない!」と言ったそうです。
ちょっとどころではなく、かなり責任感じました・・・
夏休み、実際私は働いていたので、子どもたちはいつもどおり保育園に通い、お友達が夏休みで少ない中、淋しい気持ちもあったのでしょう・・・さらにはお友達の楽しかった「夏休み」の絵を見て、描きづらくなってしまう気持ち、大人でもわかります。
ごめんね、の気持ちをこめて先週遅い夏休み、といっても一日だけですが家族でお出かけしてきました。
とても楽しい時間をすごしましたが、その後もやっぱり心は「絵は描きたくない」と言っているそうです・・・
家族のために働いているんだけど、家族の時間が犠牲になっているのだと実感しました。
仕事と家庭と子育て、バランス良くできるようになりたいなあ。
東京は気持ちも晴れ渡るような快晴です
お盆休みも取らず夫婦で働いてました。なので、こどもたちも普段どおり保育園に通ってました。
いつも通る道の端に小さなタンポポの花がコンクリートの間から出てきて咲いているのを発見したくじゃく。
しゃがみこんでつまんだので
「一生懸命咲いてるんだから採っちゃだめよ」と声をかけると、
「こちょこちょ、ってしただけだよ」
とまた手をつないで歩き始めました。
「アマはどうしてぼくがタンポポさんとるとおもったの?とらないよ~」
そうかー・・・こちょこちょってしてただけなのかあ・・・
すぐ採ろうとしてるって思ったアマ、反省・・・
その後も毎日タンポポさんを観察&『こちょこちょ』。何日かして綿毛になったのを見て
「タンポポさんいなくなちゃった・・・」
としょんぼりするので、
「あのタンポポさんがこの綿毛になったんだよ。綿毛になったらいろんなところに飛んでいってまた別のところでたくさん咲くんだよ」
と話しました。
こどもの目線や思考回路って、ほんとはっとさせられることがあります。
今年の夏もお互いに学んでます

お盆休みも取らず夫婦で働いてました。なので、こどもたちも普段どおり保育園に通ってました。
いつも通る道の端に小さなタンポポの花がコンクリートの間から出てきて咲いているのを発見したくじゃく。
しゃがみこんでつまんだので
「一生懸命咲いてるんだから採っちゃだめよ」と声をかけると、
「こちょこちょ、ってしただけだよ」
とまた手をつないで歩き始めました。
「アマはどうしてぼくがタンポポさんとるとおもったの?とらないよ~」
そうかー・・・こちょこちょってしてただけなのかあ・・・
すぐ採ろうとしてるって思ったアマ、反省・・・
その後も毎日タンポポさんを観察&『こちょこちょ』。何日かして綿毛になったのを見て
「タンポポさんいなくなちゃった・・・」
としょんぼりするので、
「あのタンポポさんがこの綿毛になったんだよ。綿毛になったらいろんなところに飛んでいってまた別のところでたくさん咲くんだよ」
と話しました。
こどもの目線や思考回路って、ほんとはっとさせられることがあります。
今年の夏もお互いに学んでます

今年の海の日は家族全員で私の父方の祖母に会いに行ってきました。
祖母は今95歳、伯母(父の姉)夫婦の家の近くのケアセンターで暮らしています。
父から連絡があり、
「ケアセンターの方のお話だと、おばあちゃんは食事中にもうつらうつら眠ってしまったりしているいわゆる『傾眠状態』らしい・・・」
ずーっと祖母に会いたかったので、即会いに行こうと決定。
新幹線に乗り、伯母の家へお昼頃到着。伯母夫婦を始め、私のいとこやいとこの子ども達が歓迎してくれてダンナや子ども達もすぐに意気投合。1時間ほどして日程を合わせて高知から飛んできた父が到着。賑やかなランチとなりました。
その後、祖母のいるケアセンターへ。
とてもきれいな施設で職員の方々も温かく迎えてくださいました。
応接間のある2階のホールへ上がると、
車椅子に乗り、職員の方に押されてこちらへやってくる祖母の姿がありました。
前回会ったのは海外へ出る前でしたから、もう10年も前のこと・・・
祖母はとてもとても小さくなっていました。
そして顔には表情もなく車椅子の上でただ縮こまって座っているだけでした。
私は久しぶりに会えた喜びと、小さくなった祖母へのなんともいえない悲しい気持ちとを噛みしめながら、子ども達に
「ひいばあちゃんだよ」
と伝えました。
娘の心は、「心のじいちゃんのお母さんに会いに行くよ」と前もって伝えてあったので、すぐにわかり、
「わたしがおしてあげる」
と車椅子を応接間に向かって押し始めました。
応接間に着くと、それまで反応がなかった祖母が右手をゆらゆらさせました。
私がとっさにその手を握ると、心も祖母の手を一緒に握っていました。
伯母が「〇〇ちゃん(私の名前)が来てくれたよ」
と言ってくれましたが、祖母はもう私のことがわからないようでした。
でも少し怒っているようにも見えました。これは何年も会いに来なかった私の罪悪感からかもしれません。
私が「おばあちゃん。おばあちゃん、久しぶりやねえ。ご無沙汰していてごめんね」
と言っても私や心の顔をじっと見る以外の反応はなく、祖母はただ手を握られて唇を噛み締めていました。
そうこうしていた数分後、祖母が声を出しました。言葉にならない叫ぶような声でした。
祖母は何か言いたいのだ、と感じましたが、その場にいた誰も何が言いたいのかをわかってあげられることができませんでした。
祖母の手を握り、
「おばあちゃん。〇〇(私の名前)です。おばあちゃん、私、結婚したよ。今日はだんなさんも一緒に連れて来たよ。こどももうまれたよ。これが私の娘よ」
と耳元でゆっくり話しかけました。
その間、心は私と一緒に手を握り、祖母の顔を見つめていました。
職員の人が来てくれて「みんなで記念撮影を」と言ってくれて、走り回るくじゃくやいとこの子ども達をなんとかつかまえ、写真を撮りました。
職員の人が気を遣ってくださり、その後は家族だけで一時を過ごすことができました。
写真を撮るために寄せた椅子を私が元に戻していたとき、ダンナが「見て!」と祖母の方を見るように私に促しました。後ろで父も同じように「お!」という顔をしました。祖母が心の手を握ろうとしていたらしいのです。私は見逃してしまいましたが、祖母が反応を示してくれたことがとても嬉しく、心に
「ひいばあちゃんにお話してあげて」
と言いました。心は何を話していいか分からず、戸惑ってはいましたが祖母の手をずっと握っていました。
その後、父が小さい頃に住んでいた家の写真を見せたり、私の姉家族の写真を見せたりして祖母に話しかけました。祖母はしばらく反応しませんでしたが、姉夫婦が赤ちゃんを抱っこしている写真を見て嬉しそうに声をあげて笑いました。
途中でくじゃくを追いかけたりでゆっくり話はできなかったのですが、これだけは伝えておきたいと思い、
「おばあちゃん、ずーっと会いたかったき。会えてよかった。会えてすごくうれしい」
と伝えました。私は自分の罪悪感につぶされそうになるとともに会えた嬉しさで泣きそうになるのをこらえて、笑顔でいました。
そこへ走り回っていたくじゃくといとこの子ども達が入ってきて、私が「こら!走らないで!」というと、くじゃくは「えへっ」と笑いまた走り出しました。
「も~~~」という私の横で祖母が「あはは」と声を出して笑い、今度はみんなが聞き取れるほどはっきりと
「まいったねえ」と言いました。でも「まいった」と言いながら祖母はなんだか楽しそうで嬉しそうでした。
おばあちゃんを囲んで、手を握ったり、お顔を拭いてあげたり、1時間弱程で、あまり長居して疲れさせてしまってもいけないし、くじゃくを筆頭に男の子たちは走り回るわで迷惑をかけてもいけないからとそろそろおいとましようかとみんなで職員の方たちがいるホールに向かいました。ホールにはケアセンターで暮らすおじいさんやおばあさんがたくさん集まってテレビを見たり、お話をしたりしていました。
そのホールへ自分のこども、孫、曾孫を連れて入っていく祖母の顔は少し誇らしげでした。
そして順番に「またね」「元気でね」「ばいばい」を言っていると、祖母が
「まだまだまだよ~」と繰り返すのです。
私には「まだまだいていいよ~」という意味にも「まだまだ元気で長生きしなくちゃ~」という意味にも思えました。
本当に祖母に会いに行って良かった。
心の心にもひいばあちゃんの記憶が少しでも残ってほしいなあと思います。
くじゃくは帰ってきてから
「どうしてひいばあちゃんはおはなしできないの?」
と率直な疑問を私にぶつけてきました。
私は答えにつまりながらも、
「すごーくすごーくおばあちゃんになるとね、おもったようにおはなしができなくなることもあるんだよ」
と答えました。
でも、おばあちゃんは伝えようと声を出してくれた。もしかしたら伝わらないかもという不安を乗り越えて、伝えようとしてくれた。嬉しい気持ちを笑顔で見せてくれた。
また、会いに行きたいなと切に思う。
それまでどうか元気でいてください。
先日無事6歳になった心の成長も見ることができ、ダンナとともに「会いに行って本当によかった」と話しました。
おばあちゃん、ありがとう。
祖母は今95歳、伯母(父の姉)夫婦の家の近くのケアセンターで暮らしています。
父から連絡があり、
「ケアセンターの方のお話だと、おばあちゃんは食事中にもうつらうつら眠ってしまったりしているいわゆる『傾眠状態』らしい・・・」
ずーっと祖母に会いたかったので、即会いに行こうと決定。
新幹線に乗り、伯母の家へお昼頃到着。伯母夫婦を始め、私のいとこやいとこの子ども達が歓迎してくれてダンナや子ども達もすぐに意気投合。1時間ほどして日程を合わせて高知から飛んできた父が到着。賑やかなランチとなりました。
その後、祖母のいるケアセンターへ。
とてもきれいな施設で職員の方々も温かく迎えてくださいました。
応接間のある2階のホールへ上がると、
車椅子に乗り、職員の方に押されてこちらへやってくる祖母の姿がありました。
前回会ったのは海外へ出る前でしたから、もう10年も前のこと・・・
祖母はとてもとても小さくなっていました。
そして顔には表情もなく車椅子の上でただ縮こまって座っているだけでした。
私は久しぶりに会えた喜びと、小さくなった祖母へのなんともいえない悲しい気持ちとを噛みしめながら、子ども達に
「ひいばあちゃんだよ」
と伝えました。
娘の心は、「心のじいちゃんのお母さんに会いに行くよ」と前もって伝えてあったので、すぐにわかり、
「わたしがおしてあげる」
と車椅子を応接間に向かって押し始めました。
応接間に着くと、それまで反応がなかった祖母が右手をゆらゆらさせました。
私がとっさにその手を握ると、心も祖母の手を一緒に握っていました。
伯母が「〇〇ちゃん(私の名前)が来てくれたよ」
と言ってくれましたが、祖母はもう私のことがわからないようでした。
でも少し怒っているようにも見えました。これは何年も会いに来なかった私の罪悪感からかもしれません。
私が「おばあちゃん。おばあちゃん、久しぶりやねえ。ご無沙汰していてごめんね」
と言っても私や心の顔をじっと見る以外の反応はなく、祖母はただ手を握られて唇を噛み締めていました。
そうこうしていた数分後、祖母が声を出しました。言葉にならない叫ぶような声でした。
祖母は何か言いたいのだ、と感じましたが、その場にいた誰も何が言いたいのかをわかってあげられることができませんでした。
祖母の手を握り、
「おばあちゃん。〇〇(私の名前)です。おばあちゃん、私、結婚したよ。今日はだんなさんも一緒に連れて来たよ。こどももうまれたよ。これが私の娘よ」
と耳元でゆっくり話しかけました。
その間、心は私と一緒に手を握り、祖母の顔を見つめていました。
職員の人が来てくれて「みんなで記念撮影を」と言ってくれて、走り回るくじゃくやいとこの子ども達をなんとかつかまえ、写真を撮りました。
職員の人が気を遣ってくださり、その後は家族だけで一時を過ごすことができました。
写真を撮るために寄せた椅子を私が元に戻していたとき、ダンナが「見て!」と祖母の方を見るように私に促しました。後ろで父も同じように「お!」という顔をしました。祖母が心の手を握ろうとしていたらしいのです。私は見逃してしまいましたが、祖母が反応を示してくれたことがとても嬉しく、心に
「ひいばあちゃんにお話してあげて」
と言いました。心は何を話していいか分からず、戸惑ってはいましたが祖母の手をずっと握っていました。
その後、父が小さい頃に住んでいた家の写真を見せたり、私の姉家族の写真を見せたりして祖母に話しかけました。祖母はしばらく反応しませんでしたが、姉夫婦が赤ちゃんを抱っこしている写真を見て嬉しそうに声をあげて笑いました。
途中でくじゃくを追いかけたりでゆっくり話はできなかったのですが、これだけは伝えておきたいと思い、
「おばあちゃん、ずーっと会いたかったき。会えてよかった。会えてすごくうれしい」
と伝えました。私は自分の罪悪感につぶされそうになるとともに会えた嬉しさで泣きそうになるのをこらえて、笑顔でいました。
そこへ走り回っていたくじゃくといとこの子ども達が入ってきて、私が「こら!走らないで!」というと、くじゃくは「えへっ」と笑いまた走り出しました。
「も~~~」という私の横で祖母が「あはは」と声を出して笑い、今度はみんなが聞き取れるほどはっきりと
「まいったねえ」と言いました。でも「まいった」と言いながら祖母はなんだか楽しそうで嬉しそうでした。
おばあちゃんを囲んで、手を握ったり、お顔を拭いてあげたり、1時間弱程で、あまり長居して疲れさせてしまってもいけないし、くじゃくを筆頭に男の子たちは走り回るわで迷惑をかけてもいけないからとそろそろおいとましようかとみんなで職員の方たちがいるホールに向かいました。ホールにはケアセンターで暮らすおじいさんやおばあさんがたくさん集まってテレビを見たり、お話をしたりしていました。
そのホールへ自分のこども、孫、曾孫を連れて入っていく祖母の顔は少し誇らしげでした。
そして順番に「またね」「元気でね」「ばいばい」を言っていると、祖母が
「まだまだまだよ~」と繰り返すのです。
私には「まだまだいていいよ~」という意味にも「まだまだ元気で長生きしなくちゃ~」という意味にも思えました。
本当に祖母に会いに行って良かった。
心の心にもひいばあちゃんの記憶が少しでも残ってほしいなあと思います。
くじゃくは帰ってきてから
「どうしてひいばあちゃんはおはなしできないの?」
と率直な疑問を私にぶつけてきました。
私は答えにつまりながらも、
「すごーくすごーくおばあちゃんになるとね、おもったようにおはなしができなくなることもあるんだよ」
と答えました。
でも、おばあちゃんは伝えようと声を出してくれた。もしかしたら伝わらないかもという不安を乗り越えて、伝えようとしてくれた。嬉しい気持ちを笑顔で見せてくれた。
また、会いに行きたいなと切に思う。
それまでどうか元気でいてください。
先日無事6歳になった心の成長も見ることができ、ダンナとともに「会いに行って本当によかった」と話しました。
おばあちゃん、ありがとう。