くじゃくの王さまin ネパール -20ページ目

くじゃくの王さまin ネパール

結婚生活7年目。だんなさんはネパール人。
ふたりの子どもたちと一緒に成長中。

インドの映画のことをボリウッド映画というらしいです。
ハリウッドに対抗してってことかしら???

私はダンナと知り合うまで「踊るマハラジャ」ぐらいしか知らず(←しかも観たこともなかった)、シドニーで暮らしていた時にダンナが借りてきた「DIL CHAATA HAI」が初めてフルストーリー観たボリウッド映画でした。始めの頃はあまり良さが分からず、女優さんがきれいだなあなんてぼんやり観ていた感じでした。そしてその頃は「やっぱりハリウッド映画のが面白いよ~」なんてダンナに言ったりしていました。

ネパールに移住し、言葉が分からなかった間はダンナがテレビをつける度ウンザリ・・・
ダンナの友達が来て映画鑑賞会などしようものなら、部屋にも居たくない程でした。
それでもダンナはそんな私を尻目に気に入った映画を見つけると「コレクション音譜」とDVDを買ってきては棚に並べていました。

ある日ダンナが仕事に出かけている間にものすごーく暇だったのでそのコレクションの整理をしてみることに。よくもまあこんなに集めたもんだね、なんて思いながら、ハリウッド映画、ボリウッド映画と仕分けをしていると「KAL HO NA HO」という当時大ヒットして話題になっていた映画を見つけました。なんとなーく観始めたくせにあっという間に話に飲み込まれ、気がついたら涙が流れていました。

帰ってきたダンナに
私「これ、観た」
ダンナ「え、観たの?それで?」
私「泣いた」
ダンナ「やっぱりね」

読まれてたの~??

ダンナは私が好きそうなものに全然興味もないもんだと思い込んでいたので、なんとなくしてやられた感はありましたが、少し嬉しかったというのが本音です。
それからというものダンナは私の好きそうなストーリーのボリウッド映画を何作も何作も見せてくれました。だんだん俳優さんや女優さんの顔や名前がわかるようになってきて、「この女優さんいいね」なんてダンナと会話ができるようになりました。

ボリウッド映画を観始めて早5年、専ら英語字幕がないと分からなかったのに少しヒンディー語が分かるようになってきました。話すことはまだできないけど、少し分かるようになっただけでもすごい「おまけ」がついていた感じニコニコこんなことならもっと早く積極的に観るべきだったかしら。

ボリウッドはさらに進化し、良い映画を輩出中。
私の好きな俳優さん・女優さんの映画もチェックしつつ、
クラシック映画も観ていく予定。
もちろんこどもたちもボリウッド映画が大好きで、音楽や歌を覚えてノリノリでソファの上で踊っていますカラオケ
(かなり危ないので床をお勧めするのですが、ソファの上がステージのようで嬉しいらしいです・・・)
日本にいる間はなかなかヒンズー教の習慣や文化などを見る機会もないので、大きなカルチャーショックを避けるためにもこどもたちには見せておこうと思います。

こどもたちの体調がようやく落ち着いてきました。クラッカー
先ほど病院に行ってお医者さんに登園許可証を書いてもらって来ました。
来週からは保育園に行けるよー!!

今までいろいろ病気もし、ケガも(勲章とよべる範囲内)しましたが、
そのなかでも絶対に忘れられないことがあります。

娘が2歳5ヶ月の時、私たち親子は私の父母が暮らす実家にいました。
息子ももうすぐ6ヶ月になるということで、ダンナのいる東京へ引っ越す準備をしていました。
12月ということもあり、東京へ行く前にインフルエンザの予防接種を受けたり、慌しい日々が続いていました。
その日は父は外出していましたが、姉も遊びに来てくれて、お昼ご飯を食べ、楽しい時間を過ごしていました。
お昼ご飯の後、息子と姉はお昼寝、母は畑へ、私は息子が眠っている間に少しでも引越しの荷造りをしたかったので、娘と一緒に歯磨きをすませ、お昼ご飯の食器を洗っていました。私の頭の中は引越しの荷造りのことでいっぱいでした。

少しして後ろで

『ガッコン』


という音と、間髪をいれず、娘の

ウギャー!!


という叫び声にも近い泣き声が・・・

娘の手に歯ブラシを持たせたまま椅子の上に乗っけ、
「ちょっと待っててね」と言っている私自身の姿が脳裏にリプレイのように浮かびました。
しまった!と思った時には時遅し、振り返った私の目に飛び込んできたのはひっくり返って苦しそうにしている娘・・・
飛んでいって見てみるとしっかり歯ブラシを握り締めていました、が!!歯ブラシの先(ブラシの部分)がない!!
急いで口の中を見ると喉のところに折れた歯ブラシの柄が見えました。この時すでに娘は喉に詰まった歯ブラシで息ができず、目が白黒なっている状態。パニックになりそうな頭をフル回転させる間もなく咄嗟に口に手をつっこんでいました。かろうじてその歯ブラシの柄を指先で捕まえ、姉に母を呼んで来てくれるように叫びました。娘は私の親指を噛み千切りそうな勢いでしたが、絶対に絶対にこの歯ブラシだけは離すまいと思いました。母が飛んできて娘の体をおさえ、私は指先に力を込め歯ブラシを抜きました。と、ともに娘の肺に空気が入っていく音がしました。血みどろの歯ブラシと娘を抱え、洗面所へ行き口をゆすがせ、必死で冷静を保ちながら保険証などの準備をし、姉が呼んでくれた救急車を待ちました。
救急車に乗ると娘は音にびっくりしたのかかなり泣きました。救命士さんたちが娘を診てくれようとしても私から離れようとしませんでした。この時救命士さんが「今は出血はないようなので、そんなに心配しなくても大丈夫」と言ってくれて少しホッとしました。病院に着くと救急から耳鼻咽喉科へ行き、喉を診てもらいました。喉に大きな傷ができていないか、歯ブラシの破片が刺さってはいないか、きちんと調べるためにCTを撮ることになり、こどもはどうしても動いてしまうため、眠らせるお薬を飲ませてくださいと言われました。薬を飲むのを拒む娘。看護士さんに「お昼寝の時間をとっくに過ぎているので、もしかしたら少し待てば眠るかもしれません」と頼んで待合室で待つこと数分。娘が自分で「おくすりのむ」と言いました。そしてCTの結果、喉に少し傷ができているだけで破片などは残っていない、呼吸困難になっていたのも短時間なので脳に異常が残ることもないだろうとのことでした。炎症や熱を抑えるための薬をもらい、姉が迎えに来てくれて実家に着いた時にはもう夜になっていました。それから熱が2日続き、喉の痛みのためろくに食事も摂れない状態で始終、私は娘に「ごめんね、ごめんね」と謝りました。
完全に親の私の責任でこのようなことが起きました。

幸い娘は大事に至らず、元気に成長してくれています。
世界中の神様にお礼を言っても足りないぐらいです。
もちろん、助けてくれた家族には本当に感謝しています。
そして、娘の生命力にも。

私の処置が正しかったかどうかも不安なところですが、
姉が言うには「人が変わったようにしっかりしていた」とのことでした。
結果オーライってわけにはいきませんが、このことを引きずってクヨクヨしているわけにもいきません。

このことによって私は

ビックリマークこどもに歯ブラシを持たせる時は絶対目を離さないビックリマーク

そして

ビックリマークどんなに急いでいようとこどもの安全が優先ビックリマーク

ということを学びました。

絶対にこのようなことが二度と起こりませんように。
うちのこどもたちも含め、世界中のこどもたちが健康に成長できますように。

こどもたちから日々いろいろ教わりながら、私も頑張って成長しますチョキ

楽しくない話を長く書いてしまいましたが、読んでくださった方、ありがとう音譜



今、ちょっとケンカしました。

誰と?って、

娘(4歳)
とです。

というよりは、一方的に私が怒っていると言った方が正しいかも・・・
つまらなーいことで、ああ、大人げない・・・

世界中で子育てを頑張っているお母さんたちのブログを読んで、
なんとか気持ちを落ち着かせ、

やっぱり仲直りしよーっと。