☆7ページ上
この写真は難しいですね。
撮影場所は萬代橋右岸で今は道路になっている所だと思います。
線路の川側(左側)に家があったのは初めて知りました。
5月撮影とありますが直後の6月16日に新潟地震が発生して打撃を受けた地域です。
復興にあたって再開発されたと思うので面影はありません。
地震前は八千代橋側から線路が敷かれていましたが
復旧にあたっては沼垂駅から万国橋の脇を通るルートに変更されたので
萬代橋の下は通らなくなりました。
でも橋の近くまで線路はあって貨車が止まっていたのを記憶しています。
萬代橋の下を通る道を朱鷺メッセ方向に向かうと
橋をくぐって若干左に寄れますが、あれは右側にあった線路を避けていたのでした。
☆7ページ中
同じく1964年の5月に撮影された写真です。
「新潟駅」の看板の所に足場が組んであって工事中の様子です。
新潟国体の春季大会が6/6〜6/11に行われたので
それに向けて化粧直しでもしていたのでしょうか?
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7番線の南側にあった留置線に止めてある気動車です。
手前の車両はキハ47の500番台で
新潟地区用に22両製造された中の1両でした。
工事中の新幹線の南側に新潟運転所の車両基地があり、ちょっとだけ見えます。
ここは気動車の基地で、電車に関しては上沼垂(今の新潟車両センターのとこ)に
分散されてました。これにより新幹線の用地が確保できました。