しゃべくり007を見ていたら、映画のプロモーションのため、柴田恭兵さんと舘ひろしさんが出演されていました。



柴田恭兵さんと言ったら、東京キッドブラザースの看板役者で、信州の素朴な演劇少女だった私は、密かに憧れたものです。


舞台女優になりたいなどと、夢見たこともありましたが、それをキッパリと諦めたのは、実は東京キッドブラザースのオーディションを受けたことが原因でした。


地方在住で、もちろん東京キッドブラザースの舞台など見たこともありませんでしたが、雑誌で見た記事を頼りにして、オーディションに応募しました。


歌唱テストがあるということで、お小遣いで東京キッドブラザースの「ハメールンの笛」というLPレコードを買い、カセットテープに録音し、四六時中ウォークマンで聞きながら練習しました。


当日、夜行列車で東京へ。渋谷に行き、宮益坂を上り切ったところのオーディション会場にたどり着きました。当時は、「宮益坂」を何て読んだらいいのかすらわからず、見知らぬ人に行き方を教えてもらったのも、今となっては良い思い出です。


会場の中には、第二の柴田恭兵、第二の純アリス(当時の看板女優)を目指す人たちが、ひと目も憚らず、大きな声で歌の練習をしていました。


5人一組で演出家の前に立たされ、短いフレーズの歌を歌います。

さっきまで私と「すごいねー」と熱気に圧倒されていた女の子は、背中をまっすぐにして、叫ぶように歌い始めました。


私と言えば、恥ずかしさで、声がかすれ、「聞こえてくる、聞こえてくる」とハメールンの笛の最初の部分を歌い出した瞬間、「はい、ありがとう」と止められてしまいました。

もちろんそこで私のオーディションは終了です。


学校の舞台に何度も立って、緊張なんてしたこともなかったのに、私は気恥ずかしく、自分の殻を破ることができなかったのです。

いえ、破るような殻すら、なかったのかもしれません。


他の人は、なんとかこのチャンスをものにしようと、ギラギラと、全身全霊で、この日のオーディションに臨んでいました。


のほほんと、「待っていたら、いつかチャンスがあるだろう」なんて考えていたあまちゃんの私に比べ、役者になるために、東京で色々吸収しながら、感性を磨いていた人たちとは、最初から勝負にならなかったのでした。


そんな事があり、あっさり方向転換ができたのです。


しゃべくり007では、柴田恭兵さんは、飄々としていて、大きな努力もしていないような風でしたが、あの熱気の中央にいて、カリスマ的な人気を誇っていた方です。


すごい感性、そして見えない努力の方なんでしょう。


番組を拝見しながら、演劇をする方から、見る方に転向するきっかけとなったオーディションを思い出しました。


映画、観に行こうと思います。



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