こんにちは☆
今更初投稿してみました。
千葉大学看護学部4年の野田まと申します。
キャンプにはあんまり関係ない話ですが、ちょっと最近あった出来事をお分かちしたいと思いました(〃∇〃)
最近教会で、クリスマスのイベントが続き、とっても楽しくて、満たされた気分でいっぱいでした。
でもその満たされてる感が当たり前みたいになってきてしまい、あまり神様に祈ったり、求めたりしないで、日々の行事にばっかり追われてしまう毎日が続きました。
ですが昨日、とうとう夢見心地な感じから一気に学校の卒業研究という現実に引き戻されてしまいました(´・ω・`)
先生と面接をしながら進めているのですが、毎回緊張する場なので、祈って臨んでいたのですが、昨日は大して祈りもせず臨んでしまいました。
そしたら、も~面接は大変で。
先生のアドバイスが全て否定的に受け止められてしまい、卒業研究ちゃんとできるのかな?ってか、自分は看護師に向いてるのかな、とまで考え込んで落ち込んでしまいました。
そんな自分に嫌気がさして、ちょっと現実逃避して卒業研究の課題から目をそらしていて、大分気分が元に戻ってきたとき、
また打撃を受けてしまいました
バイト先から突然連絡があり、絶対出せよと言われていた提出物を忘れていたことが判明しました(昨日が期限
)
いつも忘れても、笑ってなんとかなってたのですが(それもどうかってかんじだけど)、昨日はもう、全然笑っていられなくて、「すみません」と言いながら、泣きそうになってしまいました。
でも、そんな時にめっちゃタイミングよくメールがありました。クリスチャンの友達からで、「辛さは1人で背負ってるんじゃない、神様が一緒に負ってくださってるんだ」って書いてありました。
神様が私がバイトしている時も、卒業研究で緊張している時も、ずっと一緒にいてくださったのに、私はそれが当たり前すぎて、1人でこなせちゃってるような気になっていることに気付きました。
1人でなんでもこなせちゃったら、すごいけど、だれとも喜び合えなくてむなしいことだなって思います。私は弱くて、いっぱい1人じゃできないことがあるから、神様が必要だし、神様と一緒に乗り越えて行けたとき、神様と一緒に喜び合えるんだって分かって嬉しいです。
同時に、助け合える仲間がいることも、本当に嬉しいことだと思えました。バイト先に急いで提出物を出しにいくと、笑って許してくれる仲間がいました。私はいっぱい失敗するけど、その失敗をフォローしてくれる人が必ずいるんだって思えて嬉しかったし、その仲間を与えてくださったのは神様だと確信できました。
だから、私は失敗してもいいし、自信がなくても大丈夫なんだなって思います。同時に失敗した人を許すこと、助けることもすごく嬉しいことで、私にできることだなあって思いました。
キャンプと全く関係なかった。
むりやりつなげてみます(・ω・)
12月28日、29日に準備委員合宿をします☆
めっちゃ楽しみでうきうきしてます。
準備委員こを本当に神様が与えてくださった大事な仲間で、これから、もっともっと助け合っていきたいです。
合宿で、いっぱいきずなを深めたいな