さて、昨日は生徒チハルさんのZOOMミラクルセラピー講座。
1週間前にLINEをいただいていました。
私の2年前のブログを読んでいたら、生徒モエさんの記事が気になり始めたというのです。
おふたりに面識はありません。
自分でもその理由がわからないので少し掘り下げてみますとのことでした。
そして昨日の講座。
チハル:一昨日、いつも行く神社へ行ったんです。毎月月初にいくんですけど。
イチョウの木に、
「モエさんが気になる理由、まだ深掘りしてないんですけど」って言ったら、
「流れに身を任せたらいいよ」
みたいな答えがきて。
チハル:そっかっと思って、帰ろうと車に乗ったら、急に首の右側とか肘、足に痛みがきて。
その言葉を聞いたとき、山の斜面をすべり落ちるチハルさん(の過去世)が視えました。
私:ふたりの間に過去世があるみたいですね。
チハルさんもモエさんも、山の上にある神社で働いていたみたい。同僚?って感じかな。
私:神社の裏の林をお掃除している。熊手で落ち葉をザッザッってかき集めて。
私:そのときに何かアクシデントがあって、チハルさんが山の斜面をザーって滑り落ちているのが視えました。
その時に、首や肘を痛めたのかも。
アクシデントの理由がモエさんにあるみたい。
チハル:イチョウの木に
「明日マサコさんの講座があるんだよね」
って言ってたら、
「マサコに言ってみな。ふふふ…」
みたいな感じでした。
私:え~っ? 私に振ってるのね。笑
きっと自分では視れないのだと思いました。
私もそうなのですが、自身の過去世を自分で視ずに生徒さんに頼むことがあります。
自分のだと感情移入してしまってフラットな気持ちで視れないことがあるのです。
特に当時の大きな感情が残っている場合などは。
私:ああ、チハルさんの少し後ろにモエさんがいますね。
当時はふたりとも男性ですね。
チハル:水色の袴をはいているのが視えます。
私:ふたりとも落ちないように足を踏ん張りながら、木と木の間の落ち葉をシャッシャッって集めながら下に降りていってるんですよ。
その時にチハルさんはモエさんからドン!って背中を押されて、斜面をザーって滑り落ちてる。
チハル:でも私、モエさんに対して何か思ってるとかはないですけど…。
私:うん、チハルさんじゃなくて、モエさんの方に何だろう…妬み? 何かがあるみたい。
私:どちらかというと、モエさんには野心? 向上心?が強くて、チハルさんは今みたいにのんびりと流れに身を任せているタイプ。
私:もうじき神事でどちらかが選ばれることになっているんだけど、モエさんは自分が選ばれたいって思っていて、チハルさんは全く気にしていない。どっちでもいいやって飄々としている。
私:だから互いにライバル意識を燃やしているわけでもないし、仲が悪いわけでもないんですよ。
私:モエさんは少しでも早く上の地位に就きたいと思っている。
で、お掃除中に、目の前のチハルさんを見て、「こいつさえいなければ俺が選ばれるのにな」って思った瞬間、魔が差して背中を押しちゃった。
思わず意地悪しちゃったみたいな感じですね。
私:で、俺はなんてことしてるんだ?って。慌てて駆け寄って大丈夫か?って。よそ見しててぶつかっちゃってごめん、って故意ではなかったふうに装って。
私:チハルさんもわざとだったって気づいてなくて、「大丈夫、大丈夫」って。
でも、モエさんはすごい罪悪感。
仮にも神に仕える身でありながら俺は何やってんだ?って。
私:ああ、なるほど、モエさんの苦しみはこれなんだわ。
煩悩との闘い。
私:モエさんはこの道を志したからには、頑張ってもっともっと神のそばへいきたいという気持ちがとても強い。
「上にいきたい」っていうのは、別に地位や権力がほしいのではなくて、もっとこの道を極めたいっていう気持ちの表れ。
私:でも、周りの人はそんな風に見えない。がつがつしてない。みんな飄々としていて、なんていうか、無欲で自分なんかよりよっぽど神に近いところにいるように感じてしまう。
私:そして「俺はダメだ、なんでこんなに欲に取り憑かれているんだ、なんで執着心があるんだ」って、自己卑下してしまうの。
それが彼の心の中に秘めている苦しみなの。
でも、誰にも言えない。
チハル:私、モエさんの記事を読みながら、解放して少しずつ変わっていく様子をみて、ああ、モエさん、生きやすくなってほしいなって思ったんです。
モエさんにとって生きやすい世の中になっていってるんだったらいいなって。なぜか。
私:とりあえず解放ですね。
えっと。じゃあ中間世(=あの世)で、なぜこういう人生を経験したのか、ガイドに聞いてみますね。
私:ガイドは、もっと上に行きたいって思うのは悪いことではないよって。
神に仕える仕事をするのだから、もっと神に近づきたいと思うのはいいことでもあるんだけど、周りを見て、自分と比較して流れに身を任せながら自然体でいなくちゃいけないって「思った」ことが苦しみになっちゃったね、って。
比較する必要はなかった、みたいな。
自分がそう思ってるだけなのにって。
私:じゃあ、書き換えますね。
私:書き換えは……、面白い!
今度はチハルさんがドンって押されたときにわざとだってわかってるんです。
でも、気がつかなかったふりをして「平気、平気」って。
私:で、お掃除が終わって一緒に斜面を上っていって、境内を歩きながら、チハルさんがぽつんとこう言うの。
チハル:いろいろあるよね~。
モエ:えっ?
チハル:いや、なんかこういう仕事してるとさ、いろんな「想い」があるな~って思って。
モエ:…………
チハル:なんかさ、なんかあった時はよかったら聞くよ? 言ってね? お互いにそういう「想い」を語り合うのもいいよね。
私:モエさんはその言葉が胸にぐっときて。
神道について話し合うことはあっても、今自分がこういうことで悩んでるとか苦しんでるとか、そういう人間臭いことを語り合うってことはなかったんですよ。
そこに身を置いている自分たちが心の葛藤とかを話すのは、なんかあまりに人間的すぎてダメでしょ?みたいな空気があって。
私:チハルさんがその枠を打ち破るように、なんかいろいろあるよね。この道、目指しててもさ、って。
自分もいろいろ考えるとき、あるよ。
そういうの、話し合えるといいよね。
何かあったら言ってよ、自分のも聞いてもらえたら嬉しいな、みたいに。
私:そうしたら、モエさんの胸のつっかえがスポン!って取れたの。まるでラムネのビー玉がポン!と落ちたみたいに。
私:あ、そうだ。言ってもいいんだ、って。
すごい楽になった。自分だけじゃないんだ、人それぞれそうやっていろんな想いを抱えながらやっていってるんだなっていうのがわかったから。
このときチハルさんが泣いていました。
私:彼にとって良かったのは、自分の胸の内を聞いてもらえたってことですよ。
それがすごく良かったの、この人にとっては。
いつも一人で抱えてたから。
チハル:鳥肌が立ってきました。
私もなんかすっごい胸のつっかえ取れた。
私:彼がね、その時わかったことはね、ああ、人って、こうやって誰かに自分の胸の内を聞いてもらって受け止めてもらえると心が楽になるんだなって。
神に仕えるってそういうことだって。
なんかそこが(自分なりに)つながったんですよ、彼の中で。
私:神の道を知って、それを伝えればみんなが楽になるっていうよりも、なんて言うんだろう…。
懺悔とか告白とかもそうかもしれないけど。
みんな自分の胸の内を聞いてもらいたい、 受け止めてもらいたいんだ。
そうすればこんなふうに楽になるんだなっていうのが、その瞬間にわかったっていうか。
あ、それでいいんだって。
私:(チハルさんがハンカチで涙を拭っているのを見ながら)チハルさんが泣けるってことはこの過去世を清算してあげたかったんでしょうね。
当時の彼の苦しみを。
チハル:私:(当時)声をかけたかったんだなって。
私:それを今やってるんですね。
チハル:めっちゃ軽い。体が軽くなりました。
不思議ですね~。
モエさんがいらっしゃったのは2022年です。
昨年11月に卒業なさって2か月後、入れ替わるかのようにチハルさんが講座に入られたのです。
重なって受講されていたらオンライン上でお会いすることもあったかもしれないのに、そうならなかったのですから、再会までは必要なかったのでしょうか。
それにしても…。
(つづき)
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