倖田來未 | 三十路の手習い~MBA繁盛記⇒三十路の博士日記

倖田來未

倖田來未のオールナイトニッポンでの「腐る羊水発言」が、波紋を広げています。


ラジオに関わるものの一人として、倖田來未の発言を擁護する気はないけど、人を不快にさせる発言をどうしてそのまま放送してしまったのか、その体制にも問題はあるのではないかと、疑問を呈します。


当日は完パケとよばれる、事前収録だったと聞いています。

だとしたら、なぜ、事前に編集しなかったのか。事前収録だとしたら、ディレクターも、プロデューサーもミキサーも、レコード会社のスタッフも、事務所の人たちも収録には立ち会っていたはず。


その中の一人でも「今の発言、やばくない?」と思えば、事前に編集できるのになあ。思います。


ラジオの世界も男性社会。大きな声では言わないとしても、男性たちは女性の年齢や、美醜を話題にするもの。それ自体は、しょうがないことだと思います。我々女性だって、かっこいい男性の噂をしたり、おじさんの悪口をいったりしますから。


それでも、上司が女性の部下に「なぜ結婚しないのか」とか、「子どもはまだか」などを聞くのはセクハラだと、だいたいの方々は知っていると思います。「女は産む機械発言」であんなにバッシングしたのに、そのことを忘れてしまったのでしょうか。


その感覚を持ってすれば、「腐る羊水発言」のデリカシーの無さは、わかるのではないかなあと思います。


そして、お酒の席では許されるけれど、放送という公の場にふさわしくないと言う、放送リテラシーの無さ。

なんだか、せっかくラジオの話題が出たと思ったら、失言の場だったなんて、悲しすぎます。


とはいえ、倖田來未の出演するCMが放送されない、収録された番組で倖田來未のシーンをカットする、などの魔女狩り的なバッシングは、きつすぎるのではないでしょうか。

そして、もし、担当ディレクターがクビになったり、放送作家だけが行き過ぎる処分を下されるのもいきすぎだと思います。

その収録にたずさわるはずの全ての人、みんなの責任だからです。


倖田來未、彼女ひとりの責任ではないし、彼女に責任が無いわけでもない。


このような事件から私たち一般人が学ぶことは、「この発言をしたら傷つく人が居る」という想像力を、いろんなシーンで持つよう、”他人のふり見てわがふりなおせ”、ってコトなんではないかなあと、思いました。