【1月17日(日)】

「近畿の城郭Ⅴ」によれば、三木合戦において羽柴秀吉方が別所方の兵站の一角を為していた丹生山を攻める際、奥谷城の北西600mの位置にある曹洞宗永天寺が焼失しており、永天寺攻めの陣城として使用されたと考えられるとあります。

主郭(Ⅰ郭)には稲荷神社が鎮座しているが、近年整備されていないのか鳥居が倒れており、北西側の参道入口は藪に覆われている状態でした。

なので北側尾根からアプローチ(多少の藪はありますが参道よりはましです)しⅣ郭、Ⅱ郭(外枡形)、Ⅰ郭、Ⅲ郭と巡り、再びⅠ郭からⅡ郭を抜けて南側の尾根の堀切群を見た後、Ⅴ郭を散策するルートで見学。Ⅴ郭に西北側の畝々は竪堀群かと思ってましたが「近畿の城郭Ⅴ」によるとがけ崩れ跡となってました( ̄▽ ̄;)

所在 兵庫県三木市吉川町奥谷

 

①奥谷城北側より。

②Ⅳ郭虎口。

坂虎口両側に郭が張り出しており、十字砲火を浴びることになる。

③Ⅱ郭南側虎口。

Ⅱ郭は外枡形となっている。

④主郭(Ⅰ郭)には稲荷神社が鎮座するも、鳥居は倒れ荒れている。

⑤主郭より北側一段下がったところにあるⅢ郭。

⑥主郭南側尾根を遮断する堀切。

⑦南尾根の一番外側の堀切。

⑧Ⅴ郭

⑨Ⅴ郭北東側の畝々... 竪堀群だと思ったんですけど( ̄▽ ̄;)

⑩稲荷神社参道は草茫々( ̄▽ ̄;)

⑪奥谷城北西側より。

 

「活動記録」

所要時間 56分 距離 976m