平成20年にヒザ関節の手術時に、心不全とわかり
肝硬変、腹膜が破れてへそヘルニア、腎不全
7年間も入退院を繰り返していました
4年ほど前からは、このマシャルでブログアップしていました
21日の月曜日までアップしたと思います
ひと月ほど前に、今日 明日であかんかも?とか言われ、ナースステーション横の特別な部屋に入っていました
翌朝に病室へと移ったのですが、じいちゃんもその時は自分は死んでしまうんやと思ったそうです
その後は、ナースステーション前の病室で心電図やらのモニターがいつもピーピーなっていました
先週の土曜日には、来月に婦人科の手術前の検査で帰っていた孫とひ孫が見舞いに来ました
じいちゃんは、酸素マスクをしながら、声を出してあやしていました
月曜日には、夫と行きました
連休中です
翌日の火曜日の朝、ドクターから電話がありました
血圧が低過ぎて、透析が出来ない
無理してやると、途中で亡くなる場合があると
明日にできる状態になれば、明日に透析をしますとのことでした
昼頃に病室に行きました
看護師さんが「あぁ、娘さん来てくれはった。よかったわぁ」と言われました
じいちゃんは、ベッドを起こしてくれと何度もいいます
だけどベッドを起こすと、血圧が下がってしまいます
我慢しいやと言っていました
少しすると、看護師さんが胸に聴診器をあてられ
もう一人の看護師さんも聴診器をあてられました
看護師さんが「もし会わせたい方がいらっしゃれば連絡して下さい」と言われました
皆、遠いし
娘は愛知へ帰っていったところだし
とにかく兄にメールしました
そしたら、こちらへ向かっているところでした
熊本のおばちゃんには、どうしよう
金曜日の朝には、大阪に着く予定でした
あと2日です
じいちゃんは、朝も昼も食べてないから、食事をとりたいと言います
その時の看護師さんは、もう少し良くなってからねぇと言われました
その後に来られた看護師さんは、「たべられるぅ?食べてみる?」と言われました
じいちゃんは、少しだけど何口も食べました
時間も遅くなってきたので
看護師さんに「会わせたい方がいらっしゃればとか言われたのですが、私達はどうしたらいいですか?」と聞きました
こんな場所しかなく、ボンボンベッドくらいしかありませんが…と
兄が「今日は食べられたし大丈夫や」というし、二人共帰ることにしました
もし何かあれば、すぐに向かいますのでと言って、帰宅しました
翌朝は6時頃に家を出て、病院へ向かいました
その日も透析は出来ませんでした
翌日の朝、ドクターから電話がありました
「今日は、血圧は低いのですが、透析をしようと思います。ただ途中で異常があればすぐに中止します。もしそうなった場合、それ以後の透析はしません。」ということでした
私は、了解し仕事の支払いなどを済ませてすぐに病院へ向かいました
途中、電話がありました
透析室まで行ったけど、やはり血圧が低過ぎて透析をすることが出来ませんと言われました
そして14時に今後の話をすると…
兄も昼頃に来ました
2人で話を聞きました
もう透析が出来ないこと
足の付け根についてる透析をするためのカテーテルを外すこと
病院が出来ることは、それを外して最後のお風呂に入れてあげることくらいしか出来ないと
もし家に帰りたいなら、連れて帰ってもいいとのこと
透析をしないとあと1週間ほどしか生きられない
3日の人もいれば、3週間生きる方もおられるとか…
「明日の早朝に、熊本の叔母が大阪に着くんです。もってくれたらいいんですが…」というと
先生も😔って感じでした
4時半に兄が病院を出て帰りました
私は、6時過ぎに病院を出て高速で帰りました
帰って少しして病院から、じいちゃんが急変したと電話があり、夫とまた高速で向かいました
じいちゃんは、また特別室には入り必死で呼吸していました
酸素は10リットルにしてありました
ずっとしんどい呼吸をしていましたが、だんだん弱くなりモニターの数字が0になり、心電図は横一本になりました
9月24日午後9時29分に亡くなりました
その頃、熊本を9時28分発のバスはなぜか遅れていて32分に来たそうです
バスのステップを上がるところで、私からのメールが届き、すぐに降りたそうです
見舞いのつもりだったのが、葬式になってしまいました
土曜日がお通夜で、日曜日がお葬式になりました
近所や友達関係の人には知らせませんでした
だけど、熊本から遠いのに叔母夫婦、甥や姪夫婦に姪達もわざわざ来てくれました
あと、親戚の方々も来てくれました
私は身内だけで、ひっそりとしたお葬式だと思っていましたが、ほんと皆さんに来てもらってじいちゃんも喜んだでしょう
木曜日から金曜日の朝までは、顔の横にもドライアイスがあったのですが、じいちゃんは腹水が溜まってたりしたの漏れてきたりすると臭いもするらしいです
葬儀社の勧めで、エンバーミングという遺体を消毒と保存処理する なんか血液を化学薬品と入れ替えるとか
そうすると、臭いもなく眠ってるようにみえるんです
依頼したものの、また処置する所へ搬送されて亡くなってまでも体にと思うと後悔もありました
だけど、日が経ってもほんと眠ってるみたい
今にも目を開けそうでした
口も閉じています
ドライアイスもなく、よかったです
日曜日にお葬式も初七日も済みました
今日は、じいちゃんのお骨を車に乗せて、じいちゃん家に連れて行きました
一度は帰りたかったと思います
これからまだ後のことがありますが、このマシャルのブログもこれで終わります
たくさんの方が、読んでくださりありがとうございました
熊本のいとこちゃん達も、ほんとにありがとうね
ありがとうございました
m(__)m
