十人委員会CDX -2ページ目

十人委員会CDX

映画、クルマ、世の中の雑感。本というのは自動な部分がひとつもない。完全に手動な物体である。しかし、だからこそ本は世界を創る。世の中のもので一番人生に近いのは、本じゃないか―。



月明かりの中、
森の中の一本道を一人の旅人が街を目指して歩いてました。
ところが、森の一本道は2つに別れていたのです。

どちらにいけばよいか迷う旅人、ふと顔をあげると彼の目の前に2人の妖精が現れました。

一人は真実を言う妖精。もう一人はその反対のことしか言わない妖精。
2人はそう言って自分たちを紹介しましたが、どちらがどっちなのかは言いません。

旅人は街はどっちか、思い切って聞いてみましたが、妖精の答えは
「右」
「左」

どちらを信じていいのかわかりません。

旅人は考えた末、ある一つの質問をして、無事街へたどり着いたということです。

なんという質問だったか?
騎兵の戦術は群れて走る野生の馬を見てる人じゃないとわからない。1184年、京都市街戦で義経がいきなりコレをやってのけたのは子供の頃から奥州で馬を見ていたからでしょうね。


実は義経=チンギス・ハーン説には続きがあって、清王朝の皇帝は源氏の子孫だというものです。
清朝の祖はアイシンギョロ・ヌルハチ。。何ですか??ってくらいへんな名前ですが、字は愛新覚羅努児哈赤、名字は【あいしんかくら】のほうが通りがいいでしょうか、ラストエンペラー溥儀の祖先。要は異民族ですね。
その興りは16世紀。豊臣秀吉の朝鮮侵攻に明が気を取られていた隙に、満州一帯の女真族を統一したヌルハチ・ハーンが勢力を伸ばし、その子ホンダイジが中国本土に入って清を打ちたてます。たかだか40万人の異民族が、当時すでに何億人もいた中国を征服し、さらに領土を中国史上最大まで広げたというのは結構おどろきなんですが、20世紀まで続いてたというのもすごいです。
女真族は半農・半牧の民族だったといいますが、とにかくモンゴルなどに比べて相当器用な人たちだったのかもしれません。
ちなみにチャイナドレスや弁髪など私たちの“中国イメージ”の中でもちょっとギラついた感じのものは大体女真族が持ち込んだもので中国4千年の歴史とは関係ないものです。

その女真族。文殊菩薩を信仰しており、満州という名前は【もんじゅ】からきてるといいます。一方、日本各地の文殊堂に義経伝説が残っている。また、清という国名は清和源氏からとったとか。さらに「清国皇帝の姓は源、義経の末裔である云々」という後の皇帝、乾隆皇帝自筆の序文がある。とまあ調べるとこのテの異説は続々出てくるわけです。
事の真偽に対する興味よりも、何でこんなに義経ネタは盛り上がっちゃうのか不思議なくらいですが、歴史家というのは時間と空間のとんでもないハイパーリンクに異常に興味を持つもんなんだなというのはわかります。事実、神社の狛犬発祥の流れをさかのぼるとスフィンクスだったり、トロイのシュリーマン話だったり、うそみたいなホントの話は前歴があったりしますから、義経という可能性の塊のような人物にドラマを期待しちゃうんでしょうね。つまり

 

何故かバイクというのは、乗ってて暑くてしょうがないというのは稀で、一年中常に寒さと戦っている感じがします。夏でも、志賀草津の渋峠なんかはえらい寒いですし、春・秋の微妙な季節には絶対といっていいほど「もう一枚着てくりゃよかった」という想いにかられる場面に遭遇します。
やっぱり走ってますから、普通に気温10度でも、走れば0度みたいな感じなのです。

だから、逆に冬はいいかもしれない。元々寒いのわかってて、バイクに乗りますから、予想外の寒さに心身とも打ちひしがれることがない。冬はエンジンの調子が基本的にいいですから、気持ちよかったりもします。


とはいえ冬は冬。頭痛がするくらい寒い時もあって、ちょっと袖に隙間があっただけで腕を伝って背中まで凍りつく。服の着方が悪いだけで、死の危険を感じるほどです。カイロなんか何十枚貼っても全く役に立ちません。目のまわりは顔面マスクをしても、穴があいてますから、そこだけパンダみたいに霜焼けになって、みんなに笑われたこともありました。地球というのは容赦ないです。

この状況を救えるのは、たったひとつ、風呂です。
12月に東名を使って紀伊半島までいったことがありました。下り線の足柄PAに風呂がありますね。物凄い熱い風呂だったんですが、心底冷えた体の私にとっては何ものにも変えがたい悦楽のひと時で「あー溶ける。煮物になりたい」とすら思いました。
この快感をもう一度味わいたく、帰りもどエライ寒い中、風呂であったまる算段で高速を一気走りで足柄まで行きました。
そしたら、上り線には風呂がないんですね。ショックでした。生命の危機と言っていい。
自分のリサーチ不足を責めつつ紫色の唇で、そこからさらに100km家までフラフラしながら帰った。

今日はこれから家までバイクで帰りますが、あの時の体験があるんで、多少は耐えられるようになったと思います。
なんですか、この話は。