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騎兵の戦術は群れて走る野生の馬を見てる人じゃないとわからない。1184年、
京都市街戦で義経がいきなりコレをやってのけたのは子供の頃から奥州で馬を見ていたからでしょうね。
実は義経=チンギス・ハーン説には続きがあって、清王朝の皇帝は源氏の子孫だというものです。
清朝の祖はアイシンギョロ・ヌルハチ。。何ですか??ってくらいへんな名前ですが、字は愛新覚羅努児哈赤、名字は【あいしんかくら】のほうが通りがいいでしょうか、ラストエンペラー溥儀の祖先。要は異民族ですね。
その興りは16世紀。豊臣秀吉の朝鮮侵攻に明が気を取られていた隙に、満州一帯の女真族を統一したヌルハチ・ハーンが勢力を伸ばし、その子ホンダイジが中国本土に入って清を打ちたてます。たかだか40万人の異民族が、当時すでに何億人もいた中国を征服し、さらに領土を中国史上最大まで広げたというのは結構おどろきなんですが、20世紀まで続いてたというのもすごいです。
女真族は半農・半牧の民族だったといいますが、とにかくモンゴルなどに比べて相当器用な人たちだったのかもしれません。
ちなみにチャイナドレスや弁髪など私たちの“中国イメージ”の中でもちょっとギラついた感じのものは大体女真族が持ち込んだもので中国4千年の歴史とは関係ないものです。
その女真族。文殊菩薩を信仰しており、満州という名前は【もんじゅ】からきてるといいます。一方、日本各地の文殊堂に義経伝説が残っている。また、清という国名は清和源氏からとったとか。さらに「清国皇帝の姓は源、義経の末裔である云々」という後の皇帝、乾隆皇帝自筆の序文がある。とまあ調べるとこのテの異説は続々出てくるわけです。
事の真偽に対する興味よりも、何でこんなに義経ネタは盛り上がっちゃうのか不思議なくらいですが、歴史家というのは時間と空間のとんでもないハイパーリンクに異常に興味を持つもんなんだなというのはわかります。事実、神社の狛犬発祥の流れをさかのぼるとスフィンクスだったり、トロイのシュリーマン話だったり、うそみたいなホントの話は前歴があったりしますから、義経という可能性の塊のような人物にドラマを期待しちゃうんでしょうね。つまり