何かの拍子に手にした本の、何かの拍子に開いたページというのはびっくりするくらいにメッセージ性がありますね。
ある原稿を書き上げようとしていて、ある本を思い出し、何となくめくったページに・・・
その、最初の目的の文章はなかったのですが、こんなエピソードが飛び込んできました。
衣替えをしようとしていた時に、娘さんが飛んできて
「あ~懐かしい!わたしの去年の服!」といって、あるセーターを着ようとしたそうです。
子供の一年の成長は早いですから、入らない(笑)
しかし、「自分の洋服だから入らないはずはない」と、一生懸命もがいて着ようとしていたそうです。
彼女は、自分が大きくなったという事が理解できないという、ほほえましいエピソードでした。
そして、著者はこう続けていました。
「同じ事が私たちの人生にも起きています。」
なんと!でも、確かにそうかもしれません。
何だか窮屈だな、少し前までは快適だったのに・・・。
そんな、違和感は自分の心の深いところからきているとのことです。
なぜ1年前の気持ちになれないのだろう?
ふと、そんな気持ちになることってありませんか?
いや、3年前はよかった、10年前は・・・・なんて思う自分がもしいたとしたら・・・
それは、あのほほえましいお譲ちゃんと同じ事をしようとしているのかもしれません。
1年前のセーターは、着れないのですね。
3年前、10年前ならばなおさらです。
私のカウンセリングの師匠の澤谷先生はおっしゃいます。
「今、満喫して、今経験しないと駄目なんです!今しかない価値があるのですよ。」
厳密にいえば、今日来ているセーターは今日だけのセーターなのです。
私も新人新人・・・といわれながらも、1年たつとそれなりの知識と経験ができました。
1年後は、もっと知識豊富な、もっと知恵に満ちた自分がきっといるのですから・・・
今のセーターではとてもとても、物足りなくなってしまいます。
窮屈だなあ、居心地悪いなあ、そう思ったら・・・
次のセーターを着るタイミングなのかもしれません。
思い切ってセーターを大きくしたら、その環境はまた違って見えてくるかもしれませんよね。
それが、本当の自分の立ち位置を常に確認し、本当の自分を受け入れながら確かな成長を遂げていくということなのかもしれません。
殻をやぶり続け、 脱皮し続けてこそ人生なのかもしれませんね!
今日も、今日のセーターをびしっと着て、目いっぱいそのセーターを満喫して
メキメキと入らなくなるような日々を送りたいものだなあ・・・と改めて思いました!