6分ほど散り始めた桜の枝々で、薄ピンクのまばらな花びらの間から緑がチラチラと揺れる。満開の桜を知らなければ、薄ピンクと緑の対比がきっと美しく見えただろう。
ピンクにも、緑にも成りきれない6分散りの桜、まるで自分のよう・・・新幹線の車窓から見える桜に、ふとそんな感想が浮かび、ため息がでる。
満開の桜を知らなければ、6分散りでも美しい。私もそうだ、100%でなくて良いと、思いきれれば今がこんなに苦しくはないのに。

「・・・・これも、これも・・・ここもミス、もう一度やり直して頂戴!
ああ、もういいは私がやるから、貴女はここだけやってくれればいいから」
「お前なぁ、本当に理系か?なんでこんなことも理解できないんだ?」

仕事でミスするのも、注意されるのも、もう慣れた。
慣れたくはないけど慣れた。
理系を目指したわけじゃなかった、ただ農業が学びたかった。
理系の中の文系と言われる農業科を卒業して、なんだかんだでもう10年。気がついたら理工系の営業になってしまった。売っている製品は写真でしか見たことがない部品ばかりで、覚えても、覚えても面白いように頭から抜けていく。
お陰で、データは単なる数字にしか見えないし、社内では常識なことがさっぱりわからない。結局、ミス→注意→落ち込む→評価が下がる→居場所がわからない・・・のフルコースが平常営業になってしまう。
それが自分だと受け入れてしまえば、ここで踏ん張る気力も生まれるかもしれない

「ここのイベント毎回いいよね」
「今回もおもしろかったね、次もきちゃおうか」
「すみません、アマチュアイベンターの取材をしてる者ですが、通算100回の同種イベントを開催した方のコメントを集めてまして・・・インタビューをお願いできますか?」

本業は落ちこぼれ、プライベートの顔はではアマチュアイベントのイベンター。勿論会社には言っていない。通算100回のイベントといったって5年間で100回だ。利益が出るわけでなし、それで食べていけるわけではない。
それでもイベンターとしてなら、輝ける。何をするべきか、何ができるのか呼吸をするようにわかるのに。だからこそ、職場では何も出来ない自分が苦しくなるのだ。

ピンクと緑の6分散りの桜、どちらにも成りきれない自分にそっくり、自嘲気味に再び胸でつぶやき車窓から遠くの桜へと目を凝らす。

「このメール、意味わかるか?」
隣席に座る上司の声に、桜が遠ざかり現実が戻ってくる。

差し出されたスマートフォンの画面
“カグ明日取りに行きます、日英準備よろしく”

「あの先生の日本語は難しくて俺には理解できないよ?」
「えーと、会社案内の英語版と、日本語版を明日取りにいらっしゃる、という意味ではありませんか?カグはカタログのタイプミスだと思います。」
「あ、カグってカタログ?でも社内案内?」
「ええ、恐らく。うちで日英両方あるのは社内案内だけですし」
「はぁー、成るほどね。やっぱ顧問の先生の通訳は君しかできんわ。俺はわからん」

“カグ+日英=会社案内”この方程式がわからない上司が私は不思議
“理系≠データが読める”この方程式に当てはまらない私が上司は不思議

私は6分散りの桜、今は6分散りの桜
次の春、私は何の桜?