その女はよろめきながら歩いていた
時刻は夜11時を10分ほど過ぎている
駅前通りに向かう、細くてややカーブがかった下町の道。
空気は昼間の熱を残しややじっとりとしている。
大人の街のような甘さとスタイリッシュさを含んだ空気ではなく、町にどっしりと腰をおろした生活のエネルギーと、金曜の夜の微かな疲れを含んだ空気の中を、女は数歩歩いてはよろけ、数歩歩いてはよろけを繰り返しながら歩む、すがるものもなく。
裾がすぼんだ黒と白のチェックのパンツ、黒いTシャツ、大きなヘアクリップでまとめた茶色がかった髪の下には中年になることへの抗いとあきらめをはらんだ女の顔
カッシャーン
響いたコンクリートを打つ携帯電話の音が数名の目を女に注目させた。
「お姉さん大丈夫?」
手を滑り落ちた携帯電話を拾おうと、よろめきかがむ彼女に発せられた声
ほろ酔いの男性が二人、細身のグレーのパンツに茶の革ベルト、濃いグレーのワイシャツに白黒チェックのジャケット、タイは無し。一見サラリーマンとも、業界人ともわからない細身の男性が、こちらは一目でサラリーマンとわかるやや恰幅の良い男性とともに彼女をのぞき込んでいた。
「大丈夫じゃないよっ!!」
幾分、ハスキーな声を張り上げながら立ち上がった彼女の方を涙が伝う。
「お、なんだなんだ、どうしたどうした」
場馴れしたような問いかけはグレーの男性から、軽く肩をたたく手はサラリーマン風の男性から。
彼女の顔は更にくっしゃっと崩れた。
完全に酔った女性と、ほろ酔い男性2名が作った即席の小さな輪は、一瞬にして下町の夜の風景に馴染み周囲を歩く人々から気遣う気配が消えた。彼らはただ優しく穏やかにこの細やかな日常の1コマの居場所をこころから消し去り、それぞれの目的地へと去っていった。それぞれの物語へと。
 そんな周囲の変化に気づきはしなかっただろう、女性は関を切ったようにまくしたてる。
「あたしはねぇ、裏切られたの、だからいつも行かない店にいってさぁ・・・待ってたのにアイツは来なかったの。母子家庭は融資してもらえないから、あたしは介護士なのっ。あたしなりにビジョン持って頑張ってるの。なのにお金持ってかれたんだよ・・・」
支離滅裂な訴えは要領を得ず、男性二人が立ち去る機会も相槌すら見いだせない中、女性の訴えは更に激しさを増していった。
「面倒臭せいなぁ」
「お姉さんね、大変なのあんただけじゃないの。俺んの家族だって大変なのよ」
人の話など耳には入っていないだろう女性に、時折そんなことを呟きながら男性二人は彼女の話を聞き続けた、駅に到着するまで。彼女の幾分力を取り戻した背中が改札から消えるまで。
3人ともがそれぞれ抱えるものはそのままに
ほんの小さな出会いの記憶だけが
やさしい下町の夜に飲み込まれていった。