今日  娘が高校を卒業した。
18歳  ほんまにおおきくなったなぁ。
いっぱい 頑張ってたね・・
コツコツ真面目に努力ができる素晴らしい長所
努力は裏切らなかったね。

大きい怪我もしたね。
中学2年の冬の部活中
舟状骨を骨折してしまった
突然 ギプス生活をおくらなければならなくなった
治りが思わしくなくて
2倍の時間がかかってしまった
利き腕の手先から肘まで 
半年間 固定されたまんま
ほんとに辛かったと思う。

定期テスト
みんなと同じ条件で受けたね。
慣れない左手で文字を書き
時間内で必死にテストを受けていたと先生から聞いて
泣けてきてしまったよ
真冬から春にかけての時期に骨折
ギプスの腕が 洋服や制服の袖を通らず
重ね着もできす
寒い思いもたくさんしていたね
バドミントン部を辞めてしまっても仕方ない怪我だったのに
下半身は動くからと
みんなから1人離れてトレーニングしていた
ギプスが取れて細くなった腕
みんなのレベルに必死で追いつこうと
とても頑張っていた

親の離婚で
生活が大きくかわり
ストレスが体調に でてしまって・・
体は元気だけど
持病を抱えてしまった娘
ごめんね・・

言いたいこと、たくさんあるやろうに
私は 子供たちから責められたことはない

7年前の息子の高校卒業式
今日の娘の高校卒業式
思いは同じだった
1個1個の節目を無事に迎えられて
一緒に写真撮れて
とっても嬉しかった。

卒業おめでとう。
そして ありがとう。
長年 元夫からDVを受けていた
私の場合
 威嚇暴言>束縛 モラハラ>暴力
こんな感じだった
世間でDVという言葉を聞くようになって
自分もそうなのかな?と感じたことはあった
これはDVだと 
人からちゃんと言われるまで私は
夫婦喧嘩のキツい目なやつとおもっていた。
元夫は 人やまわりに関心がないのに
依存度がかなり高く 自己中心的
ダダ(威嚇暴言)をこねれば言う事を聞いてもらえる
友達もいないので 自分を客観視する機会もなく
対人関係を築くスキルが低い
中年になっても ずっと一々めんどくさい人で
この人は 人として どうなんやろ?て
結婚後早い段階から相手するのに疲れてしまい
大っ嫌いやった
そして すぐお金で解決し甘やかし育て
世間体を異常なくらい気にする
元夫と似たような性格の元姑のことも
私は 大嫌いやった。

喧嘩の度に離婚しようと幾度となく話し合いになったけど
結局すぐキレられ威嚇され暴言吐かれ 
話にならなかった。
なんで・・?を心の中で何度も繰り返し
明日になれば おさまって
気持ち悪いくらい謝ってきて
普通にもどっている
でも、必ずこう言われた
「俺がこうなるのは お前がそうさせるから」
元夫はDVのお手本やった
弁護士さんから
あの方、発達障害をお持ちだと感じたことはないですか?と言われた時
そのように考えたことがなかっただけに
とても驚いた
異常な中で 麻痺した普通を私は繰り返し
自暴自棄になり
心も体も 疲れ果ててしまっていた
ギュッと押し込めた思い出だけが心の支えやった
仕事を終えて家に帰るのが
元夫がいる休日を
ひとつ屋根の下で過ごすのが
同じ部屋の空気を吸うことが
ずっと嫌で たまらなかった。
辛い日々からやっと離れられて
時間が過ぎていく中で私は
別のしんどさを感じるようになってた
なんであんな目に合わなあかんかったのか
私が 悪かったのか・・
大嫌いな人間と 暮らしてきた自分が
気持ち悪く思えてきたり
いろんな感情に振り回された

例えば 外出先で
イキり立つ大声を聞くと
イキって歩いてる男の人をみかけると
同じ車種をみかけると
身が縮こまってこわくなる
なんで私が・・
私はもう普通じゃいられないのかな・・
いったい いつになれば
いろんな事を こわがらず
少しでも過去を忘れられ
頭にこびりついた異常を考えなくて済むのか
生きてる意味が あるんやろうか・・
私と同じような体験をしてきた人は
どうやって 前を向けて
今 どんな生き方をされているのか
とても知りたい。そして
同じく辛い毎日を過ごしてる人が いるなら
何かできる事で 助けてあげたい
そして私も 助けて欲しい。

同じ思いをしているであろう人たちと
お話できる場があると知り
参加してきた。

ここは安全な場所で 
支援してくださるカウンセラーさんもいる
何を話してもいい 誰も怒らないし 
否定もされない 
共感が広がっている
あなた方は 被害者なのよ、
コントロールされていたのよ、
あなたは悪くないよと 言ってくれる
口に出しづらい
胸につかえている辛い事を出していい
一人一人話すことをしずかに最後まで聴いて
私の話すことも、最後まで聴いてくれ
共感し合える人達。
皆んな 思い出すのがつらいけど
絞り出すように 話す
聴いていると涙、私も話し出すと
言いようもなく心の底から悲しくなって 
泣いてしまう
でも 吐き出すと楽だった

私は 元夫に対して
弱く退いてなど居ず
負けたくないと強い態度でいた
暴言に反撃する事もしていたし 
逃げる事はせず 受けてたち
睨み返していた
精一杯強がりながら、でも
毎日ビクビクしながら 生きることに絶望してた
自分の事ばかりに必死で
母親として心からの愛情と思いやりをもって
子供たちに目を向け 
接していなかった事を死ぬほど後悔してる
でも私は こうするしかなく
こうすることでやっと 生きてこれたんだ
仕方がなかったの、
これが私の生きる術だった
カウンセラーさんの言葉で 初めて知った。
私自身を少しずつ掘り下げ振り返り
今を語り 聴いてもらえ
自分が少し見えた。
振り返ることは 胸が苦しいけど
逃げて離れて良かったんや

離れてもまだうまく 前を向けない人
離れたいのに なかなか離れられないでいる人
心が弱ってしまって お休みが必要になった人
皆さんいっぱいいっぱいで生きてきて
今を手探りで 生きてはる。
まわりから 理解されにくく
辛い気持ちを吐く事もしずらい
いつになったら 心が心から晴れるんやろう
そこは、わからなかった。

加害者に 加害者意識がめばえて初めて
被害者が 少しずつ救われるんだと思う
治療が必要なのは加害者
他人に同じことをすれば 事件、
暴力は、アウトです

「しょーもない人間に振り回されてきた私の人生を返して欲しい」
ご年配の女性が涙を流しながら強く言っておられた
出会わなければ
違う人生だったかもしれないのは
私も元夫も 同じなんやろうなと思う








































2020年が始まった。
おかげさまで 元気でのんびりとした
お正月を迎えることができた。

今年の私は どうしたいのかなぁ・・
どうするのかなぁ・・
申し訳ないくらい よくわからない。
考えないといけないけど
考えすぎてしまうと
悪い癖がでてしまって しんどくなるからなぁ
なんだか自分が めんどくさくって難しい
自分のことは
やらないといけない事が済んで
ひと段落した頃に考えようって思ってる。


昨年12月中旬に 掛け持ちバイトをしてみようと
老舗コーヒー店の面接を受けてみた
私の年齢で なかなか採用までいかない事がある中
採用してもらえた。素直に嬉しかった。
前向きな気持ちで初出勤したものの
3時間働いてみて 辞めることにした。
仕事内容どうのより
出勤数日前のお店の人との電話のやりとりで
言いようのない不安な印象が残ったのと
経営者である老夫婦に
初めましてのご挨拶をしたとき
お2人揃い 対応があまりにも良くなく雑で
私の中では ちょっと有り得なかった。
長すぎるものに 巻かれて巻かれてなんぼな雰囲気も感じた
私に着いてくれたスタッフさんは
面倒見が良いように思えたけれど
現役70代老夫婦の老害を受けながら 
商売屋の舅姑のような人のそばで働くのはもう
ごめんだなって。
70代の傲慢でややこしい姑がいるのか・・
してきた嫌な経験に拒否反応をおこしたので
迷わず去った。
もう少し働いてみないとわからなかったやろうし
付き合ってみれば良い人たちなのかもしれないけど
今の私は 過去の嫌だったことを思い出すような事に近づきたくない、
同じような思いはもう2度と、したくない。
どうしても転職したい気持ちでいるわけじゃなくて
続けているバイト先のしんどい部分から
少し離れてみたくて行動してみたんやけど
うまくいかなかったって事は
今はそうじゃないよ〜って
教えてもらったんやなって 思う。
だったら、
目の前にある やらなければいけないことを
頑張って 済ませてしまおう。


駅伝を横目で見ながら
これを書きはじめていた
今までの人生の半分以上 生活してきた界隈がテレビの画面にうつる。
私も沿道で 地元選手を応援してた
あそこには 友達もいて 
近所のおばちゃんもいて
通い慣れた場所もたくさんあって・・
ちょっと胸が痛くなって さみしくなった。