要塞の甲板には「世界の空」を飲み込んだザリの身体が炎のように赤々と発光し、あたり一帯の空気を熱くしていた。
「奴は一体何者なんだ。「世界の空」はどこに消えた」
「おそらく彼の体内かと、とんでもない熱量を感知しています」
ザイドに飛び散る水飛沫は白い蒸気を発し気化していた。
取り出した札を、今度はその巨大な召喚獣に投げ飛ばした。召喚獣は唸り声を上げ、翼を激しくばたつかせた。幾つもある頭は狂乱し奇妙に動き回っている。
異様な光景に、艦内へ避難している船員達はその場で戦慄した。
ザリが腕を大きく開くと、巨体な召喚獣がザイドに向かって押し寄せてきたのだ。まるで重力に引き寄せられるように要塞に向かって接近してくる。
「召喚獣が高熱を発しています、このままでは動力源と思われる中枢が爆発します」
「強力な吸引力で召喚獣が艦にせまっています。吸引源は、それが甲板にいる青年です。多国籍部隊傭兵のザイドです」
「奴を止めろ、要塞ごと転覆するぞ、クソッこれだから余所者は何をしでかすか」
怒りを露にする艦長は衝動的にデスクを叩いた。
「駄目です、青年から発する熱気で武装兵でも近づけません」
「なら狙撃しろ、艦を沈める気かあいつは」
高台から射撃手が銃を構えた。ザイドの視界に入らない位置から射程を定め、一人の合図と共に、一斉に撃ち放った。
「全弾命中しました」
だがザイドの様子に変化はなく、ザリは狙撃して来た高台に視線を向けた。一枚の札を取り出すと、札は刃物のような切っ先を作り、それを高台に向かって投げ飛ばした。射撃手もろ共高台は無残に切り落とされてしまった。
引き寄せられた召喚獣が大きく開口すると、ザリは自ら口の中へ引き込まれていった。
「ザイドが召喚獣の体内へ進入しました」
その様子は研究室のモニタにも映し出され、ロインは放心状態のままその映像を見据えていた。横で楽しそうに眺めるロマノ王は感嘆し高笑いした。
「ザイドにここまでやらせなくとも、インジョリックの艦はせん滅できました」
フォーメスはしがめいた琥珀色の瞳をロマノ王に向けた。
「お前は十分すぎるほど良い仕事をしてくれた」
円卓の席から元老委員の一人がそう呟いたが、フォーメスにはその言葉の意図が理解できず、横目で彼等を凝視した。
「非力な人から人造妖魔族へとすばらしい進化を遂げたお前は、ロマノの科学技術が誇る最高傑作だ、欠陥も後遺症もなくまさしく完璧と言うべき芸術作品だ」
眉根を寄せるフォーメスは軍服の良く似合う体躯を元老議員に向けて、猛然と立ち尽くした。
「我々は意味のない言葉を羅列しているのではない」
「あの者が召喚獣と「世界の空」を融合させるように、お前もその身体を機械と融合させてはどうかね、「世界の空」を取り込んだ彼には適わないが、機械と融合した第一号としてロマノの主力兵器となれるのだ、我々のな」
思い通りに事が運んでいる光景に、老人達は弾んだ笑い声を響かせた。
「貴方達は人間をなんだと思っているのです、私が妖魔族になったのはインジョリックサークを超えたロマノの新時代を守るため。私が兵器となったところでこの意志が残らないのなら、貴方達はただ人間改造を楽しむ異常快楽者だ」
「フォーメス、口を慎め、誰の御前だと思っている」
ずしりと重量感のある声音で怒鳴ったロマノ王は、その大柄な体躯でフォーメスを威圧した。
分厚い瞼を乗せるロマノ王の碧眼は不気味な悪感を発し、その相貌から視線が外せなくなってしまったフォーメスの体は、金縛りに襲われたかのように硬直してしまった。徐々に高鳴る鼓動や発熱に違和感を覚え、異変に気付いた時にはすでに手遅れだった。
「なぜだ、私が制御している間は静まっているはずだ、ロマノ王何をされた」
「機械との融合はお前の力を覚醒させる必要がある。そして「世界の空」の力も必要だ」
強制的な骨格と筋肉の変形はフォーメスに生き地獄のような激痛をもたらした。嗚咽にも似た悲鳴はこの研究室の高見にまでとどき、何事かと研究員が顔をそろえて階下を見下ろした。