海上要塞の甲板に描いた召喚陣が光輝くと、まるで山が競り上がって来るかのようにその巨体な姿が露になった。
霧の中に聳え立つ召喚獣の姿は絶対的な存在感をまざまざと見せ付けていた。
その召喚獣に引き寄せられるかのように、何層もの分厚い磨り硝子を重ねたかのような青々した海面が山になって盛り上がってきた。山の中心にあるのは、海上要塞を飲み込んでしまいそうなほどの強烈な光源だ。
「この召喚力に反応して「世界の空」が目覚めたのか」
ザイドの他にも危険を顧みず甲板に出てきた船員達は、口を開けたまま言葉を失っていた。
召喚獣の巨大な両翼が霧を吹き飛ばしていく。凄まじい突風が高波をつくり要塞を大きく揺らした。
頭部から腹部にかけては巨大な竜のようにも見えるが、それほど見栄えの良いものでもなく、岩のような肌が大きく膨れている。前足のような手は幾本もの引っかき爪が揺れていた。尻尾のようなものが全長の半分を占め、海面を何度も叩いている。口を開ければこの要塞ごと飲み込みこんでしまいそうだった。
海面の直上をどうにか浮上しているような召喚獣の頭は、何十頭という獣の頭が寄り集まっていた。それぞれが奇妙に動き回っている様は不気味で仕方がない。
口元に不適な笑みを浮かべたザリは甲板の手摺の上に立ち、札を取り出した。小さく呪文を唱え、海面に浮き上がってきた光源に向かって札を放つと、何かに遮られるように鈍く輝いた。
海面から出てきた光源はその光を絶やすことなく輝き続けた。ザリがとんでもなく口を大きく開けると、「世界の空」はザイドの体内へゆっくり吸い込まれていった。その光景を目の当たりにした船員達は、ザイドの異様さに吃驚し腰を抜かす者や、我を失ったように怯える者までいる。
同じ頃、第一艦隊ではスピリッチャーが出動していた。
だが妖力だけでは対磁界防壁と搭載用の飛行機にまで動力がまかなえず、ヴレイはディウアース専用ケージで待機しているしかなかった。
「全弾目標に命中しましたが外傷一つありません」
ケージに入電されたオペレータの報告に、欄干を強く握ったヴレイは居た堪れない焦りに襲われた。もうザリの眼を思い出して怯えている場合ではない。
オペレートデスクに戻ってきたヴレイは外の映像を見て、ハッと双眸を丸くさせると、マイクのスイッチを入れた。
「ハリ聞こえるか、霧が晴れてる、これなら磁界の影響は少ないはずだ、濃度を調べろ」
『了解』
ヴレイから支持を受けたハリは素早くキーボードを操作すると、スピカの背後に控えていたノアを見遣った。
「霧がと言うより、歪みを貫いた時による相手側の故障か何かでしょう、これなら防壁無展開でディウを飛ばせます、どうしますか」
昂然と腕を組んでいたノアだったが微かに眉根を寄せて、マイクのスイッチを入れた。
「ヴレイ、この程度の磁界濃度なら問題ない、でもディウが出てどうする、スピリッチャーの砲撃も効かないんだぞ、ここは一度撤退させ、策を練り直した方がいい」
「艦長、僕もそう思います、今のままでは歯が立ちません」
スピカがマイクに向かって言い放った。
モニタから発せられる音声を聞きながら、ヴレイはディウアースを見上げていた。制服の胸ポケットに忍ばせていた写真を手に取る。グランドラインで過ごした日々が酷く懐かしく思えた、まだ別れて何日も経っていないというのに、とんでもなく遠い過去の出来事のように思えてくる。
「どうしてもケリを付けたい、我がままばかり言ってすまない、ディウアースの発進準備だ」
入電された返事を発令室で聞いていたクルー達は不安気に上階を見上げた。言葉を失くしたスピカも険しく眉を歪ませていたが、頭上からは決然とした支持が飛び出した。
「外の現状報告をケージへ回せ、磁界の様子を常に監視しろ、ハリはディウの乱流測定値から目を離さないで」
「シェルトリー二佐、いいんですか、応戦させても現状以上のことが出来るとは思えません」
怜悧に発言したスピカは怯むことなくノアに意見した。
「そうだな、もし根拠のない強がりならあいつを行かせるわけにはいかない」
「勝算があると」と訝しげにスピカが大きな目を丸くさせると、「本当に勝算があればいいけどな」と剣呑に笑みながらジーベックが主モニタを顎で指した。
スピリッチャーから配信される召喚獣の映像に、弾き出された数字が刻まれる。
「召喚獣の中心部を見ろ、算出された高エネルギー体は炉心と同じ役目をしていることになるぜ、あれがもし爆破したら俺らだってタダではすまないな」
その頃、要塞の甲板には「世界の空」を飲み込んだザリの身体が炎のように赤々と発光し、あたり一帯の空気を熱くしていた。