「分かったら、即時撤収作業を行え」
受信映像が切れるとコックピット内は静まり返り、クルーはヴレイを注目した。
周囲の視線を感じ、妙な静けさにも苛立ちを感じた。デスクをスピカに譲りヴレイはそのままブリッジを出て行った。
ノアも後を追いブリッジを出ると、近くのラウンジで不貞腐れているのを見つけた。
「どうしたのよ。さっきから様子もおかしいし、私情を挟むなとは言わないけど、何がそんなに辛いの」
ノアは部屋で泣いていたヴレイが心配で仕方なかった、でもその理由を聞いたところで彼の胸に刺さった想いが消えるわけではないと分かっていた。
「こっちを見て、何を隠しているの」
ノアはヴレイの両腕を掴み、うつむく視線を上げさせた。
虚ろに視線を上げた紫紺の瞳は潤んでいるようで、微かに震えていた。
「あの要塞には俺の友達が乗っていたんだ、そいつは俺の仇で、グランドラインに行きたかったのはそいつとケリをつけるためで、助けるためだ。だから今ここで帰るわけにはいかない、ロマノの策略に加わっているなら尚更」
決然とした中にも不安に押しつぶされそうな眼がノアを見据えた。
「やっと話してくれた、今まで一度だってグランドラインに行きたい理由を話してくれなかったもんね」
「ごめん」
「ううん、でも今はどうしようもない、総会の結論次第ではまたここに戻ってくるかもしれないし、ヴレイがどんなに苦しいのか分かりたい、でも命令は命令だ」
「けどもう時間がない、ロマノは今すぐにでも「世界の空」を復活させかねない、鍵である召喚士がすでにロマノにいるんだ、仲間もそこへ向かったはずだ」
さっきまで弱々しく泣いていた姿が嘘のようだ。強く開いた双眸には生半可な覚悟など微塵も感じさせないほどに昂然としていた。依然とはまるで異質的なヴレイの雰囲気にノアは戸惑った。
外見的な変化はないが、ブリッジで久しぶりに会った瞬間に感じた違和感は、鎧の様にヴレイを纏っていた傲然さが消えていたことだった。ヴレイが「仲間」と言うその人達を気にしながら、向こうで何が起きているのか話す彼がまるで別人のように見えた。
ヴレイの思い出の中に置き去りにされたような気がして、嫉妬にも似た感情がノアの中で付き纏った。それがまた仕事と絡んでしまうので厄介だ。
「変わったね。グランドラインに行く前まではもっとすねたような顔をしていた、傍に気の許せる仲間がいたんだね」
ノアはヴレイの頬に手を伸ばしてどこか切なげな笑みを見せた。ノアの手に自分の手を重ねて、ヴレイは暫しぬくもりに浸った。
「ヴレイ艦長、ノア二佐、至急発令所へ戻ってください」
安心していたのもつかの間、けたたましい警報と共に徴収が掛かった。
発令所に駆け込むと、切羽詰ったスピカが席を立って振り向いた。
「状況説明を」
「海上要塞付近から高エネルギー反応を測定、それと同時に海溝から大質量の物体が急浮上しています、艦長これは一体……」
一時コックピット内は中央モニターに映る巨大な影に黙然となっていた。愕然と目を皿のようにしたクルー達は、食い入るように中央モニターを見つめ、非現実的な現象にキーボードを叩く手が止まってしまった。
「要塞の方はおそらく召喚獣、海溝の方は「世界の空」だ。覚醒させたんだ。本部へ知らせろ、第一艦隊は目標をせん滅すると」
ヴレイの支持によって場の空気は一気に緊張感を増した。
状況が飲み込めないスピカは震える手で本部へ連絡をした。
「これより本艦隊は目標を前方の召喚獣、および「世界の空」とする。スピリッチャーに対磁界防壁を掛けろ、各部戦闘隊形に移行。本作戦の指揮官をスピカ艦長候補生、戦術作戦の補佐はノア二佐とハリ少尉、技術バックアップはジーベック少尉に一任する。自分はディウアースで出撃する。勝手な指揮を執って申し訳ない、皆よろしく頼む」
艦長という立場も忘れ、相手を畏敬するかのように頭を深く下げたヴレイの敢然なる姿に、オペレーター達はどよめく、が感極まったスピカは精一杯の敬意を表した。
「はい、艦長、任せてください」
スピカの笑みは強張っていた。
さらに目線を上げた先には、憮然としながらも安堵に笑むノアがいた。お互いに視線で頷くとヴレイは早々と発令所から出て行っていった。
後を追い駆けたい気持ちを胸にノアは浮いた涙をぬぐった。
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