「そんなことをしたらロイン王子に不審がられますよ、貴方の計画も円滑には進みませんよ。ロイン王子に宝珠を使わせるのですよね。だったら僕は捕まった方がいいのかもしれない」
「なら捕まってみるか」
フォーメスが軽く指を鳴らすと、数人の守衛がルチルを取り囲んだ。
不気味に帯びるフォーメスの琥珀色の瞳をルチルは横目で睨むと、護身用に装備していた銃で守衛が構えていた鉄棒を射撃すると、散り散りになった守衛達の隙をすり抜け、追い駆ける間もなく姿を消してしまった。
「申し訳ありません、取り逃がしました」
守衛の一人が伏礼してから緊張した面持ちで詫びた。
「かまわない、各自持ち場に戻れ。逃げ足の速い奴だ」
扉の内側から、ルチルとフォーメスの異変を察知したロインは銃声音が鳴り響いたのを微かに聞き取り、扉の内側に召喚陣を描いていた。
広大な敷地を持つ城内から抜け出したルチルは、いつの間にか自分に召喚獣が憑いていたことに気付いた。すっかり遠めで見ることができるロマノ城を凝視してから、銀色の毛を靡かせる獣の顎の下を撫でてやった。憮然と召喚獣を眺めながら甲斐無い自分をロインに詫びた。
ひとつ溜息を付いたルチルは眼鏡の眉間を上げて、これから向かう先を確かめるように見据えた。
建国した際に建築された凱旋門は現在も堂々たる姿で残っており、そこから続く石畳のメインストリートはロマノ城まで伸びている。
地形が丘ほどの勾配が続いているので街並みは階段状だ。
ロマノ城を囲むように、政治圏でもある城下町には装飾の見事な宮殿や古城が点在し、さらにその外周を迷宮のような路地に商店や芸術品を生み出す工房や工業がひしめいている。さらにその周囲をロマノ国民が住居を構え、混沌とした町並みを作っている。
三重の外壁を形成し、住居区に住まない者は凱旋門の外側に生活圏を構えている。そうした者達は農業や酪農を営んでいることが多い。
二層目の商業区まで逃げてくると、見覚えのある三人組を見かけてルチルは思わず小走りした。
「貴方達こんな所で何しているんだ」
眼鏡越しに目を丸くしたルチルは三人の手にしているクレープに思わず見入ってしまった。ルピナが売っていた店を案内してやると、ルチルはご機嫌な様子でクレープを頬張るので、ルピナはつい喉で笑ってしまった。
「私達ロインが心配でここまで来たんだけど、なんで街に入るだけで通行税を取られなきゃいけないの。それよりロインはどうしたの、一緒じゃないの」
銀色の毛並みをもつ召喚獣を見てから、ルピナは険しくルチルを見上げた。
「私がいたらないばかりに、皆に要らぬ心配をさせることになってしまった。いきなりで図々しいとは思いますが貴方達の力をお借りしたい。ロイン王子の元に行ってくれませんか、フォーメスの手から救出してください。とんでもない召喚獣が召喚されることになるかもしれない」
頬にクリームを付けながらクレープを食べ尽くしたルチルは三人を川岸に連れてきた。
商業区から離れた河川敷には廃坑になった洞穴がいくつも残っていた。
「この廃坑はロマノ城の地下まで繋がっている避難用の隠し通路です。ここの通路をひたすら突き当たりまで進んでください」
湿った土の匂いが風に乗って鼻をついた。
「ロマノ城全体は市井の中枢である政府城と、王族の住む宮殿に分かれています。そして魔導開発機関と機械兵器開発機関で構成された白い城郭が中腹にあります。ここからでは外壁で見えませんが、この通路はその研究施設まで繋がっています」
天災による首都の遷都や、洪水による河川の蛇行によって山岳地帯の地形が変わり、昔使われていた坑道近くに運河ができたのもそのせいだという。
「ありがとうございます、これでロインの所まで行けます」
立て膝を付いてシリウスは召喚獣の頭を撫でながら礼を言った。水面を反射する光が眩しくて目を細めたリウドが上目遣いでルチルに視線を投げた。
「その研究施設、どうせ違法なんだろ。あんたなら証拠を挙げて全大陸和平評議会に訴えられるんじゃないか、そのつもりなら早くしてもらわねえと困るな。デュラッセとガディル王子が大陸軍法評議会から治安部隊出動許可をもらうべく、グレイディウルに向かったんだ」
「分かっているよ。私はこれから各属州候に協力を仰ぎ、現宰相フォーメスをも駒の一つとして操っている、隠然なるロマノ王を捕らえるつもりだ」
その言葉にシリウスは決然と立ち上がり、驚愕したルピナは言葉を失った。
「やはりロマノ王が首謀者って、ことですか」
「はい。執政官でもあるフォーメスすら自分が使われている事に気付いていない。ロマノ王は直接的な実権を握らない、治世全体の管理的な公務を行っているだけのように表向きは見えるが、政界の裏には元老議会という組織が存在し、その議長がロマノ王だ。インジョリック化を直接推進したのは現宰相だが、それを利用し極秘裏に「世界の空」復活を計画したのは議員だ」
「でも今更分かった事じゃないんでしょ。何故こうなる前に阻止できなかったのよ。ロインが宝珠を見たがっていたのだって、フォーメスに手を貸すためでしょ、貴方分かっていてロマノに連れてきたんでしょ」
やり場のないルピナの悔しさまじりの眼差しに、ルチルは申し訳無さそうに眼を伏せた。