白い医務室はロイン一人では広すぎた。
二人が自分に言いたいことを薄っすらと感じ取ったロインは、ロマノ宰相との約束を思い出し複雑な心境を抱いた。
絶対に他言をしない、誓約書もない約束だった。
ベフェナ国とロマノ国には安保条約も経済協定も結んでいない。許可のない助力や政治的な干渉は規則違反になる。つまりロマノに協力すれば国家反逆罪に値する行為だった。
そこで両者の事は一切他言しないを条件に協力することにした。
ロマノの事は予め調べていた。ルチルという貴重な情報源もあり、疑わしいと思った時もあったが、機械化推進派のロマノ国はインジョリックサークとの交易を行い、真剣にグランドラインを変えようとしているのだ。
その証拠にロマノ宰相は何度もインジョリックサークに赴き、ダグノートを始め高性能な飛行船や乗り物、保安の為には軍艦の造船材料などの輸出を促し、評議会委員と交じって会議を重ねていた。
その努力が内戦で苦しんでいる難民を救済し、貿易を豊かに繁栄させられれば、グランドラインはもっと安寧になれるとロインは信じていた。
ルチルは現ロマノ宰相に座を横取りされたような失脚だったので、現宰相ファーメスの政権を応援しているわけではない。
だが国民からの圧倒的な支持率は宰相立候補前から高く、文明進化論や機械との共存、そして他大陸との貿易推進運動などの働きぶりに、「グランドラインを未来へ導く独裁者」などという、キャッチフレームまで掲げた国民はそれから一気にフォーメスを政界へ推したのだ。
歴史を残しながらの機械化ならロインも賛成派で、軍閥な政治が目立った時もあったが、フォーメスの働きには同意するところもあった。そんな時、召喚の力と機械の力でグランドラインを救おうと言われたのだ。
「世界の空」、それは持ち主の意思によって創造される兵器、でも兵器としてではなく魔導と機械の融合でグランドラインの可能性と未来を広げる要に変わる。魔導があれば歴史も守られる。
ぼんやりと窓の外を眺めると、真昼の月が薄っすらと浮かんでいた。
そんなロインの想いとは裏腹にルピナは唇を噛み締め、苦渋の色を見せていた。
「ロインはあれを覚醒させるために強大な力の反応を起こそうと、ロマノに行って宝珠を使うつもりなんだわ」
雲は厚みを増し、暗雲の空模様へと変わっていた。強い横風が吹いて露店のサテンがバタバタとはためかせる音に、陰鬱さを一層募らせていった。
* * *
バジティス・ザリの空港にセイヴァの緊急高速船が着陸したのは祭典三日目の夕方だった。飛行場の管制官が宿まで知らせに来てくれた。
すでに荷物をまとめ、洗濯をしておいた服装に着替えたヴレイはルピナがいないことに少し戸惑った。
「待たなくていいのか」
「時間がおしてる、そろそろ行くよ」
支度を終えたヴレイは両手に荷物を抱えると、シリウスが片方の荷物を持ってくれた。庭先で待っていた宿夫婦と老人に握手をして、清々しく礼を言った。
「体に気をつけてね、いつでも遊びに来て」
「はい」
しんみり返事をするヴレイは最後に、椅子に腰掛けている老人に視線を向けて、丁寧に頭を下げた。
「お前さんがやりたいようにやればよい、わしがお前を見てそう言ってるんだ」
町の方へ視線を見やった老人は、さっさと行けと言わんばかりにひらりと手を振って見せた。
そう広くもない飛行場にはヴレイも見たことがない飛行船が停まっていた。これが高速船かと見惚れていると、搭乗口からイーグルが降りてきた。
だだっ広い滑走路を吹き抜けた横風に青黒い髪が舞い上がっていた。懐かしい制服がやけにまぶしく見える。
ヴレイは飛行船に背を向けて、シリウスとリウドに向き直った。
二人とも背が高いので、見上げる姿勢となるのがこれで最後かと思うと、少々心細さを感じた。
「ザイドは昔の奴らのために、お互いが命を差し出すようなことはするなって言っていた、その上でザイドが全力で俺と向き合うなら、俺もそれに答えなきゃいけないと思った」
「お前の口からそんな台詞が出てくるとわな」
鼻で笑いながらも、ニヤリと口端を吊り上げたリウドはそれ以上何も言わなかった。
「シリウス、改めて合格おめでとう。シリウスには本当に感謝してるよ、いろいろと貸しを作っちゃったな」
「なら返しに来てください。君に付いて来て正解でした、ライセンスも取れましたからね」
シリウスの淡白で無責任そうな笑みに、安心感を持っていた自分にヴレイは今始めて気付いた。
ついにルピナを待つのは諦めようと覚悟したその時。一頭の獣の姿が見えた。その背には人が乗っている。赤銅の髪が揺れているのを見て、ロインだと認識した。
近くまで来るとロインの後ろに、黄金色の髪が揺れているのが見えた。