自警団本部から出てきた時にはシリウスの意識は朦朧としていた。外で待っていたルピナとヴレイがシリウスの危うい足取りを見てとっさに支えた。
「シリウスと同じような特別枠で受ける連中は、稀に生粋より遥かに凌駕した能力を持つ者がいる。なぜなら生粋の魔族はライセンス取得と同時に、召喚した幻獣が己の鞘代わりになるようなものだからな。だが幻獣を召喚できない特例魔族種は縛り付けるものがないから、自由自在に特殊能力を身に付けられる。それだけの力の持ち主ならな」
デュラッセはシリウスのために買ってきた飲み物を持って、最後尾から弟子の背中を見つめていた。それを隣で聞いていたリウドが執し疑念めいた目付きで尋ねてきた。
「だったら召喚獣が邪魔でライセンスをわざと持たない奴がいるはずだぜ」
「それで捕まった奴も五万といる。捕まれば即牢獄行きだ、悪行や乱用を防ぐために魔力制御をさせるライセンスがある。だから試験の審査委員会も特別枠では特に慎重に審査が行われる、技だけではなく人間性も見抜いているんだ」
「ふうん、でも特例魔族では就けない職もあるだろ」
歩きながら酒を飲み続けるリウドの足取りではいまに人の手が必要になるんじゃないかと思うほどふら付いていた。
体力が回復してきたシリウスは「ありがとう」と声を掛けて、ルピナの肩から腕をどけた。
「それよりヴレイの話したいことって何ですか、試験中も気になっていたんですよ。唐突に同盟はここまでと」
宿までの最後の上り坂でシリウスは少々息を上げながら本題を切り出すと、何も聞かされていなかったルピナが困惑した顔でヴレイを見た。
「本部から徴集が掛かったんだ。つまり帰ることになった。すでに迎えの飛行船がこっちに向かってる」
「ザイドのことはどうするのよ」
「それはこの件が片付いたら、またグランドラインに戻ってくる」
「迎えはいつ頃ここに」
シリウスはその場に立ち止まって呼吸を整える。
「たぶん祭りが終わる頃には」
あからさまに意気消沈したルピナはそれから何も訊かなかった。ヴレイから目を背けたまま、シリウスの容体を窺っている。
「おい、力の封印はどうするつもりだ、軍に戻ったら妖力を使うんだろ。お前のことだからすんなり封印する気はないんだろうけど、でももしお前が力に喰われたら、誰も止められる奴はいないんだぞ」
嘲笑しながら呆れ果てた様子のリウドは、剣呑な眼光を帯びた灰色の瞳でヴレイを見下した。
しばらくの沈黙で祭りの騒音が明瞭に聞こえた。夕刻近くになって風が出てきた。路上に舞い散っている木の葉が風に吹かれて、滑るように横断していく。
目の端でリウドの視線を感じながら、ヴレイは彼の言葉に否定するわけでもなく無意識に首を横に振っていた。
「乱流さえ起きなければ力は維持できる、これがなくなったら俺の帰る場所はなくなるんだ」
肩から斜めに掛けていたケープが暑苦しかったのでヴレイはそれを腰に巻いていた。結び目が緩んだケープを結び直す仕草が焦燥に駆られて乱暴になっている。
見かねてシリウスは顔を歪ませて説得を試みた。
「帰る場所はなくなりませんよ。軍であなたの帰りを待つ人達はヴレイの「力」関係なしに、傍に居てくれる仲間じゃないんですか。私も魔力を持つ者として力を手放すということは、想像以上の覚悟が必要だということは分かります。こんなこと訊きたくありませんが、絶対に乱流を起こさないと誓えますか」
洞察力を働かせる時に細める彼特有の精悍な眼に、なぜか恐怖心を覚えたヴレイは独り閉鎖的な空間に囚われたかのように立ち尽くして答えた。
「誓えないに、決まっているだろ」
答えた声はか細く、撫然に頬をゆるませた。
「これを失った後にやってくる不安がどうしようもなく怖い。前はザリの事を考えると、本当にザイドを救えるのか不安で眠れなかったし、こんな力ない方がよかったって思った」
ヴレイは憮然に笑ったが、リウドとシリウスは黙ったまま眉根を寄せていた。
「力の事を考えると、ザイドの事以上に悩んでいる自分が心底嫌だった、納得するまで考える、これは俺一人の問題だ」
自分で言った言葉が虚しく胸に響き、寂寞感を振り払うかのようにヴレイは再びシリウスを支えて宿に向かって歩き出した。
だが背後から突き刺さるような視線を感じて、ヴレイは恐々背後を覗くと、ルピナの紺碧の瞳が沸々した怒りを滲ませていたので、生唾を飲み込みながら視線を逸らした。