宿のベッドはいつも陽射しをいっぱいに吸った匂いがする。深く眠っていたヴレイはいきなり寒くなってぼんやり驚いた。
「おはよう、ヴレイちゃん」
ヴレイが使っていた掛け布団を手ににっこり笑っているのはソラだった。
カーテンも盛大に開けられ、窓も全快に開け放たれている。窓の外はまだ夜明けの青さを残している。明け方でも寒くはないが吹き込んでくる風が少し冷たい。
「まだ暗いじゃん」
「もう、ヴレイちゃんったら、皆起きているのよ。半額で宿泊まらせてもらう代わりに、お祭りの手伝いするんでしょ。ヴレイちゃんって朝弱いのねぇ、皆で起こしに来たのよ」
似たような台詞をどこかでも聞いた。環境が変っても早起きはどうしても辛い。それとも努力が足りないだけなのかもしれないが、不眠症だった時期が嘘のようだ。
覚めない目を擦りながら上半身を起こすと、掠れた声でよたよたと言った。
「そのちゃん付けはやめてくれない」
「じゃあ早く着替えて、朝ご飯できているから、がんばってね」言って出ていく彼女の後ろ髪が楽しそうに揺れている気がした。
神殿ではルピナと巫女達がすでに掃除を始めていた。
大あくびをするヴレイは彼女達の働きぶりに、感心したまま突っ立っていると、巫女の一人に神殿の天窓拭きを命じられ、渋々と屋根に登った。
屋根から見る村の景色はなかなか格別だった。神殿の裏方を覗くと、やはりリウドが影に隠れて一服していた。ヴレイは声を上げてリウドを呼ぶと、不機嫌そうな顔でこちらを見上げた。
「うるせえなあ、寝坊助はさっさと仕事しろ」
まだ朝のせいか叫ぶ声が少し嗄れている。
「うるさいなぁ、それよりシリウスはどこに行ったんだ」
「自警団にいるんじゃないのか、今日からデュラのところだろ」
「そっか、じゃあ後で顔にいこうよ」
「だったら早く仕事終わらせろ」
一つ天窓を拭き終わるたび、雑巾は煤が付いたように真っ黒になった。何度も水の入ったバケツを抱えながら屋根と井戸を往復するのは、さすがに体力を消耗した。全部の窓を拭き終わるとヴレイはその場に仰向けに倒れた。全身から汗が吹き出るのが分かる、脇の下は汗で服がぐったりしていた。
下に戻ると神殿中の窓という窓が開け放たれ、巫女達はそれぞれ窓を拭いたり柱を磨いたりしていた。その動きを見ていると何かの競技のように、きびきびと力がこもっていて早い。ルピナは廊下で雑巾掛けをしていた。
誰よりも速く廊下の端から端まで走っている。
「突っ立ってないで、拭きなさいよ」
顔を上げたルピナが唇を尖らせて言ってきたが、ヴレイはあからさまに嫌な顔をした。キッと恐ろしい形相をつくったルピナはがみがみと文句を飛ばしてきたので、渋々ヴレイは雑巾掛けを手伝わされることになった。
初めての雑巾掛けだったが始めてしまえば後は早かった。ひと段落着いたところで、ぐったり長椅子に腰を下ろして休憩した。普段は使わない筋肉を使ったのでヴレイはしんどそうに息を上げた。
「ちょっといいかな、買い物を頼みたいんだ」
礼拝堂に入っ来たシェノルに巫女達はお疲れ様ですと声を掛けた。
「お疲れ様。これで今日の仕事は終わりでいいから。村外れに生地屋が出ているはずだから、そこで白いサテン、あるだけ全部買ってきて欲しい」
シェノルはルピナの手を止めさせ、先に呼ばれていたリウドが前庭で待っていた。