ゼノレフ国と隣接しているロマノ国はドナ海とは反対側の真大海側に面している。ロマノ国はさほど広くはない国だが、西部にはゼノレフ国と繋がる湖、東部にはトラーナ国と繋がる砂漠がある。夏の近いこの季節になると砂漠地帯から乾いた季節風が吹く。
南北へと横断する大山脈はベフェナ国までその尾根を貫いている。グランドラインの大部分が人跡未踏の地という、手つかずの大自然は膨大な歳月を経てきた大地の歴史を物語っているほどに雄大なものだ。
運河が大きく南北に伸びているロマノの首都イーバルは、ゼノレフの首都と同様にその規模は大きかった。権力を持つ一族が富みと名声のシンボルとして高見の塔を競って建てた街は、円を描くように形成し、その中心に栄華を極めた大都城がそびえていた。
堅固く豪奢な塔で連なる城壁が象徴的で、強固な隅塔を備えた高い内壁が城を囲み、その外側に低い外壁が囲んでいる。十数層にもおよぶ城郭は下界の街並みと比べるとその巨大さがよく分かる。
ロマノ国の方針は頑丈だ。賊の侵入を防ぐため街中は頑丈な石の壁に幾つも区画分けされていた。商人や旅人など外国から来た者は必ずゲートパスを持ち歩き、通行門を通らないと街の中心部には入れない。しかも門では通行税まで払わなければならない。
「なんだかなァ、僕この街あんまり好きじゃない」
ロインが気だるそうに呟くと、二十歳は年上の男が眼鏡のレンズに息を吹きかけ、服の裾で拭きながら言葉を返した。
「でもここの国政を見習う他国の官吏は多いからね、犯罪も周辺国より三割は少ない、だがグランドラインの古くから持つ誠心はこの国では衰退しようとしている」
グランドラインで最も機械化が進む国は、本の中で見たインジョリックサークの街と似ているような気がした。
様々な機械開発を進めるロマノ国の都心部では、飛獣の交通量より電車やケーブルカーなど街の中を縦横無尽に行き来できる乗り物の方が多く普及していた。飛獣を管理する労働力を考えれば、機械分野に強い国なら必然的な結果になる。
「インジョリック現象は僕が宰相になる前から起きていた、拍車を掛けたのが今の宰相だ。なにも機械化を反対するわけじゃない、だがあいつはインジョリックに対抗している姿勢がある。あちらの文明を吸収したいがために、とんでもない計画を立てているようなきな臭さを感じるんだ」
隣でずるずると音をたてながら麺を吸い上げたロインは、口の中に麺が詰まったまま言葉を発した。
「大臣のくせに確信がないの? 推測だけじゃあ内通者失格じゃん」
「僕なりに考えているの、それに口の中に物が入ったままゴモゴモ言うな。あいつは、国民に僕が悪政をしているなんて言うめちゃくちゃな嘘をばら撒き、僕から宰相の座を取りやがった野郎だ」
「その話なら何回も聞いた、でもあの時は鉱物の輸入停止もあったし」
「フォーメスの野郎、十五年前突然現われて、国の発展をとか訴え国民からの信頼も熱かった、だが裏では賄賂と闇取引、死刑囚を使った人体実験なんかは国民からの税で行なわれ、魔族のキメラや遺伝子変異の人種は一般人とは隔離された所に拘束されている、彼に人の血が流れているとは思えない」
話しているうちにルチルの口調はどんどん苛立っていく。
「でも人体実験を本当にやっているかなんて証拠は皆無なんだろ。そんなことが現実にありえるなんて」
「予想は付くさ。特殊能力者の開発だよ、例えば魔導と機械と融合化とか、それにもし魔術の改造に手を付けられたら質が悪い、あれはアストラルを操れるからね」
「そんなことできるの」
「科学の力を借りればグランドラインでも驚異の武器は作れる」
ルチルは眼鏡をスープの湯気で曇らせたまま真顔で語り続けていたので、ロインはその曇った眼鏡が気になって小さく言った。
「眼鏡取ったら」
だがルチルはそれを無視して続けた。
「絶対にあれはインジョリックへの挑戦だ、とんでもない兵器を造ろうとしているに違いない。もしかしたら発掘された宝珠を使うのかもしれない」
「でもそれは大袈裟だよ。機械化はインジョリックと交流を深めるためにしていることじゃないの、ルチルの言っていることも一理あると思うけど、絶対にそれって言える確信はないわけだし」
属州総監督へと後退したルチルは気のゆるんだような眼をしておきながら、母国の事を話し始めると薬缶のように熱くなる男だ。
「じゃあ何故研究を非公開で行う必要がある、もしかしたらロマノは世界侵略を考えているのかもしれない」
「世界侵略って、たかだか一国の力が世界に通用すると思う。世界戦争でも勃発させるつもり。千年前に四大陸を巻き込んだ世界大戦は、魔法文明の発達したフォーリスタークが世界侵略を企てて起きたものだ。その後魔力の乱用を避けるため魔法律が制定され、インジョリックに魔力が広まることはなかった。その代わり科学機械が進化する結果になった」
ロインはスープを一口啜ってさらに続けた。
「今度はその機械を使って世界侵略だなんて、しかもグランドランから仕掛けたってインジョリックの力には歯が立たないと思うけど、それならインジョリックと少しでも貿易を容易にして、安寧な大陸を作った方が利口だと思うけど」
スープを飲み干したロインは、ヴレイがシルバームで戦艦を停めた光景を思い出した。あんな人間がインジョリックサークには五万といると思うと、ここで対抗意識を燃やしていること自体、意味のあることとは思えなかった。