「またいつでもどうぞ」
シリウスはシェノル祭司に会釈して、礼拝堂から足早に出て行ってしまったヴレイの後を追った。
既に影が長く伸びるほどに太陽は大きく傾いていた。日々の喧噪に明け暮れている畦道をゆっくり歩きながら、ヴレイが静かに口を開いた。
「あいつの力、魔力なんかじゃない、俺と同じ力だ。もしかしたらあいつがラセツの弟」
「私も同感です。ソラの言ったとおり、ザリとラセツが知らなかった事実を知る者かもしれませんね、と言うより知っていることを願います」
小さな子供達が楽しそうに二人の横を駆けて行く、家路に向かって真っ直ぐと。小径を幾つか通りすぎ、そのうち二人は中心街へと続く太い道に出た。
「にしても驚きの連続ですよ、あんな小さな子供にまで肌で感じる魔力が備わっているとは、フォーリスタークの魔族から見ても驚くでしょうね」
羨ましいさ交じりの言葉を聞きながら、ヴレイは視線で子供達を追った。駆けていった子供達の後を過去の自分が残像となって追い駆けた。でも一人置いていかれてしまい足を止めた。
「自分ばかりがって思っていた自分が情けない。自分は特殊で他の人達とは違う、そう思っていた方が諦めも付くし、楽だった。俺はこの能力のせいにしておきながら、与えられた席に甘えていたんだ」
憤ったヴレイは前方に延びる大通りに視線を投げた。苛立ち混じる視線で。
「気付けただけいいじゃないですか」と答えて、微かに夕焼け混じる西空をシリウスは遠い目で見据えていた。
宮殿付きエスコーターのデュラッセは自警団本部のミーティングルームで濃いお茶を啜っていた。自分で淹れて飲むほど、村のお茶を大層好むガディル王子の為に、お茶の葉をお土産用に包んでもらった。去年より新芽の量が多く質も良好だったので、満足そうに笑むガディルの顔が目に浮かんだ。
満足そうにお茶を啜るデュラッセに対して、お茶を淹れ替えた団長リューランは少し音色を低くして言った。
「お前が連れてきた連中、ただの観光客じゃないことは見て分かった」
兵達の訓練風景を眺めながら、その口調はあくまで真剣だ。
「敵意は感じないが、何か目的があって来たんだろ」
「まぁ、色々知りたいことがあるらしいなあ」
「特にあの黒髪の少年、シェノルと同じ波動を感じる」
剣術稽古に精を出す兵士達の掛け声がけたたましく響いてくる。
「しかしここは暑くなったな、祭典が近いだろ」
「ああ、せっかくだ参加していってくれ、フレイヤ王女も夏の祭典は初めてだろう」
湿った風が自由気ままに吹き込んでは、初夏の蒸した匂いを漂わせた。
お茶を飲み干したリューランは、額に滲んだ汗を手の甲で拭いてから、口を開いた。
「祭りの話題を逸らすようで悪いが、ここにきて隣国のロマノ国が不穏な動きを見せている」
茶葉が揺らめくのを眺めながらデュラッセは気長に呟いた。
「昔から気に入らない国だが、十年前に宰相が変わってから政界の上層部は人相が悪い。あのガディルも珍しく渋ってるしな」
「現宰相は文明を現状維持してきたグランドラインを積極的に機械化しようとしている。文明進化論を発表し民衆の興味を惹いた、今の地位まで登りつめたのはそれらのパフォーマンスのおかげだな、裏では悪業もあると聞く。何にせよ更に深く調べを進めるには、刺客が要る。ダグシステムからロマノを調べてみるっていうのは」
リューランの提案に鉄色の髪を揺らしたディラッセは気が抜けたような返事をした。
「おいおいロマノはグランドラインで最も機械化が進んでいる、ゼノレフ程度のシステムじゃあすぐ気付かれるのが落ちだ、それよりルチルから情報を回収した方がいい」
リューランは、ルチルと呼ばれた旧友のことを思い出して鼻で笑った。
「忙しいんだか暇なんだか、二週間前も酒場に飲みに来ていたらしいぞ、属州総監督のくせに。宰相の時は半年に一度しか村に来なかったくせによ」
「んじゃ久々に奴の痴話でも聞いてやるか、ガディルが俺をここに行かせたのも分かった気がしたよ」
「祭りも近いし村も騒がしくなる、幾分ロマノの内偵はしやすいだろう。できるだけ正確な情報だけガディル殿下に伝えた方がいいだろ、陛下に伝えるかどうかは王子が判断するだろうし、公でやることじゃないからな。そうと知ってか知らずかルチルから手紙が届いて、祭典を見にベフェナ王子と近々来日するそうだ」
「タイミングがいいじゃねえか。しかしベフェナ王子はよく外出許可をもらえたもんだな」
「良くできた王子だ」と苦笑いを浮かべながらリューランは訓練場に視線を投げた。同じ場所に視線を向けたヂュラッセが思い出したようにいってきた。
「祭典と同時に魔導試験があるだろ、シリウスがその試験を受けるんだが、試験に向けて俺が師匠になってやろうと思うんだ」
「シリウスってあの茶髪の青年か、でもあいつ魔族じゃないだろ、見てすぐわかった」
「魔族じゃない者は幻獣を召喚できないから、その代わりに実力を示さなくてはいけない、久しぶりにあいつは俺の眼鏡にかなった奴だからな」
片方の口端を上げて笑んだデュラッセは額の汗を吹いて、イスから立ち上がり部屋を出ようとした。
「おい、デュラ」
リューランはカップを片付けながら呼んだ。
「悪いな、宮廷のエスコーターにスパイみたいなことさせてよ」
「今さら何言うんだよ、五年十年の付き合いじゃねえだろ」
飄々と手を振って町の中へ去って行った。
いつの間にか大きく日が傾き、白石の建物が多い村を緋色に染め上げていた。
「明日は晴れか」