村外れの小さな空港から坂を少し下りた先に、その村はあった。
「よくいらしたデュラッセ氏、お初お目にかかりますフレイヤの王女、そして歓迎いたします旅人達よ。私は村長のセノラと申します、隣にいるのは自警団長のリューラン」
村長は素振りの良い好紳士のような男だった。その穏やかな細い目を来航客に向けている。村長の隣に佇む大柄な団長は萌黄色の制服に身を包み、太い眉の下から黒い瞳で来航者を見張っていた。
四人は順番に握手して、村の中へ足を踏み入れた。
三方を山脈に囲まれた集落は、坂道や小径、細い階段が多かった。村の周辺を囲む岩山には幾つもの見張り塔が設けられているのが特徴だ。
村長と自警団長に先導され、村の中で自警団本部の次に大きな建造物、石積み様式の神殿へと案内された。
「初めてこの村に来た訪問者はまず、自警団と村の長に挨拶した後、神々へ感謝をささげるのが慣わしとなっているのです」
紋切り型の説明を受けながら、静寂な礼拝堂へと促された。
出迎えてくれたのは妖艶な雰囲気を漂わせ、白亜の石像に碧玉の瞳を嵌め込んだような男だった。首の後ろで無雑作に束ねられたその漆黒の髪が、やはり風にあおられて空中を躍っている。
「彼がこの村の祭司、シェノル殿だ」
祭司シェノルは軽く会釈をすると、歌うように声を発した。生クリームを舌に乗せたようななめらかさだった。
「ようこそ、ラ・バジティスへ」
* * *
礼拝堂の天井には聖書の物語を描いた絵画と、内壁に装飾された神話に出てくる諸動物の彫刻に客人は息を飲んだ。
天窓から射す光は真っ赤な絨毯が布かれた祭壇を照らす。
祭壇の中央には不気味に紫紺色の光を帯びる、水晶のような物体にとにかく違和感を覚えたヴレイは同じ色の瞳を細めた。
祭壇を見下ろすかのようにニつの石像が右左に立ちはだかっていた。右側には女神の様にも見える像は琥珀色で、絹の様に流れる髪には目を奪われた。
左側には鬼か悪魔か、どちらにせよ闇を象徴するような紺碧の像が立ていた。一枚一枚が生きているような翼は大きく広げられ、針のような髪は長く風で靡いた形に彫られている。鋭い牙と爪、鍛え上げられた大柄な体躯だ。
これが何者であろうとその邪悪な目つきと威圧感に、ヴレイは思わず息を飲んだ。冷たい汗がこめかみに浮いた。
「この二対の像は何だ」
唐突にリウドが訊ねると、大観したような趣でシェノルが答えた。
「この二対の像は村の守り神として祭られています。右の女性は光を司る神です。人々に希望と幸福、勇気を与えてくれます。そして左の像は魔を司る神、通称『戦いの神』ともいいます。人々をたぶらかし絶望の極地へと誘います、がそれは再生の意味もあるのです、罪を犯した者には罰を与え、再び光の地へと導く」
四人の脳裏にある人物名がよぎった。
すると村長のセノラが真剣な表情で続きを言った。
「『戦いの神』は太古の昔実存したという言い伝えがあり、魔界を支配する魔王、その魔界とはこの世界とは裏の世界の事を意味するらしいが、それも真か伝説かは定かではありません。この方は偉大なる力を持っていたと言う、それはまさに神」
「ラセツ……」
村長は目を皿のようにしてヴレイを直視した。今のは空耳じゃないかと。
「何故その名を」
つい言葉にもらしたヴレイは、驚く村長の視線にどう答えてよいか躊躇した。なかなか答えを出そうとしないヴレイに気付いたシェノルが皆を神々の前に促した。
「さあ皆さん、祭壇に感謝を捧げてください」
救いの手に助けられたヴレイはほっと肩を撫で下ろした。だが違和感の残る救いの神に対してヴレイは視界の隅で祭司を凝視した。
祈りの風習はどうやら何処も似たり寄ったりのようだ。
ここの村では祈りではなく日々の感謝を捧げるもので、鼻先で指を組み、瞼を閉じる形式らしい。
参拝し終わった四人は神殿を後にすると、個人経営している宿屋に招待された。
エントラスを抜けて、目に入ったのが鉢植えに咲いた大輪の花だ。
新緑の季節にはピッタリの宿築二百年以上経つという石積みの壁には、蔓が生い茂り、前庭には湿気の混じる清涼な風が吹き抜けていた。
窓から切り取れそうな紺青の空を見て一時の休息が満喫できそうではあったが、落ち着いて休める気にならなかったヴレイは村の中を見てくると告げた。どうも彼一人では心配なのでシリウスも付いて行くことにした。