『シルバーム元執政官の軍拡行政止める、ベフェナ王子とフレイヤ王女の活躍』とベフェナ城下町新聞の一面記事に記載されていた。
「ダグの情報通信にも載ってるよ。、高騰した税はルベンス元執政官の行き過ぎた軍閥資金に回っていた。王制復活でシルバーム城は再び輝きを取り戻すのか、なあシリウス、煉獄室の碑石に名前を彫るとか、王様の言っている意味が分からないんだけど」
治療を受けたヴレイは首からすっぽりかぶるだけの患者用の服装に意を包み、ベッドの上でダグノートを見ながらシリウスに訊いてきた。
「処分を取り消した変わりに、今後一切、罪を犯さない誓いをすることです。もし誓いを破ってしまった場合裁判もなしに投獄されるんです、罪が重ければ死刑もありえます、でも名誉処分された者はよほどのことがない限り今後犯罪者になることはありませんよ」
「じゃあベフェナ国外で犯罪を起こしたらどうなるんだ」
「他国で法を破っても処分は同じです、当たり前のようでいて難しかったりするんですよ。それよりもこれからシルバームは大変でしょうね、賛成多数で王制復活が認められたものの世論もありそうですし、レイス氏は戴冠して直ぐの大仕事ですね」
新聞を脇に挟み、飲み物を運んできたシリウスはカップの一つをヴレイに渡した。
ベフェナ都内にある旅行者向け医療機関兼宿泊施設には個室ごとダグ回線が繋がれていたので、シルバーム内戦についての記事を端末から観覧することができた。
「にしても雨風が入ってこなければ病院じゃなくてもよかったのに、ここの宿泊費結構高そう」
ダグノートを棚の上に置くと、横になっているばかりで退屈な足腰を十分に伸ばした。
「私が医者に見せなかったら君はひびの入った肋骨を今でもそのままにしていたんですよ」
「痛みで分かってたけど、もっと小さな病院でも、それよりあいつらが新聞に載るなら、俺達にだって謝礼があってもいいだろう、ヒーローを影から助けた英雄がいたってことをさ、嗅ぎ付ける記者さえいないなんて、やっぱり遅れてるな」
「だったらあの時、ロインとルピナに付いて行けば今頃君の想像していた通りになったんじゃないんですか。あの二人とはこれでお別れなんですかね」
窓の外に目を向けたヴレイは天にまで伸びるベフェナ城を気長に眺めた。
三階の窓からはまるで挿絵がそこに貼ってあるかのように、赤茶けた三角屋根が無数に広がっている景色が見えた。ちらほら見える建物と建物の間には橋が架かり、その下を流れる川にはゴンドラが行き交っていた。
「そうかもな」とヴレイは素っ気無く呟いた。
「あっさりしてるんですね、それもセイヴァの軍人だからですか」
「別にそうじゃないよ、あの二人がくっ付いてたら目立っちまうだろ、シリウスが俺の正体を隠ぺいしてくれたのは助かったけどさ。誰にも言わないつもりだったのに、ルベンスに渡した旅券だって護身用に偽造したものだったんだ」
「さすが念の入ったことですね」
シルバームの軍艦がドックに戻った後、ヴレイは顔が知られる前に退隊し、そのままシルバーム城から脱したのだ。その時、共に行動したいと言って勝手に付いて来たシリウスには自分がセイヴァという国防機関の軍人で、何故グランドライン大陸に来たかを話した。シリウスは他大陸の人間だった上、ルベンスが捕まった以上敵でも味方でもなくなったわけだが、それでも完全に信用の置ける人物かといったら、今一つ確証がなかった。
「あんたには一回騙されてるし、信用性がない」
「あれは君が不法侵入しようとしたからじゃないですか、でも私のおかげで傭兵部隊に潜入できたんですから」
「それはそうだけど、どっかの誰かに言うなよ、しゃべれば直ぐに分かるんだからな」
「なら君の任務が終わるまで同盟を組みましょう、君の正体は誰にも明かしません、私も目的達成の為に、君に協力してもらいたいですし、何かと私を使ってくれて結構です」
ヴレイは少し考えながら下唇を噛むと、視線だけシリウスに向けて「しょうがないな」とでも言いたげな笑みを見せて、かたく握手を交わした。
「ではメールアドレスを交換しておきましょう、その方がいざという時便利です、グランドラインで携帯電話を持っている人間は来航者ぐらいですからね、信号通信にしましょう」
「普及させれば何かと連絡だって簡単にできるのに、ダグシステムがなかったら携帯電話の信号すら飛ばせないじゃないか」
面倒くさそうに溜息を付いたヴレイに対してシリウスはいたって当たり前なそぶりを見せた。
「簡単で便利だからこそ個々の存在維持が危うくなってしまうんですよ、王族制度は干渉を避けます、国家を治める側としたら邪魔者は極力排除したいと言う意識があるみたいですから、簡単に内情が把握できるようになってしまえば、好き勝手に戦艦も造れませんよ」
言ってシリウスはお茶をすすった。
「性能はともかくシルバームにあそこまでの軍艦があったなんて、きっと他の国にもある、国防のためだろうがインジョリックサークの脅威になりそうな要素は持ってる」
顔を強張らせるヴレイを尻目にシリウスはいたって平然さを崩さない。
彼の冷静沈着さを見ていると、自分がしている仕事も大したことではない気がして、ヴレイは虚しくなった。
「そうでしょうね、国防に関してはグランドラインもアレルギーのように敏感ですから、内戦や紛争もまだ頻繁にあるみたいですし、インジョリックとの交易があるからこその軍拡とルベンスも言ってました。意外と君は勉強熱心なんですね」
シリウスは淡白な笑みを見せてきたが、ヴレイはとても笑みを返せるような気にはなれなかった。それでなくても無邪気に笑顔を返すほどシリウスのように社交的ではない。でも彼の閑雅的なところが妙に安心できた。
「そうじゃない、ただ、何も起きてほしくないだけだ」
憮然と呟いた言葉には重みがあった。
薄暗くなってゆく日差しを背に、シリウスは孤高な眼差しを外へと向けるヴレイの横顔を見つめた。