甲高い鳴き声の持ち主は、巨大な鳥にも似た爬虫類の尾を持つ獣だった。何度も鳴き声をとどろかせ、その様子は明らかに尋常ではない。
「船の真上にいて気付かなかったなんて、こいつ気配を消していたんだ」
冷静に私見するロインに対して、取り乱してしまいそうなほど驚愕しているヴレイは状況が理解できなかった。
「何だよあれは」
「シルバーム国の護衛獣だよ、でもあれはこっちから何かいない限り攻撃したりはしない、それに護衛獣を使うときはその国が他国から警戒している場合だけなんだ」
「護衛獣ってのを動かせるのは誰だ、軍法か」
「軍じゃない執政官だけだよ」
護衛獣は突然、急降下すると船の展望甲板ギリギリを飛び抜けた。その突風で船体が大きく傾いて、デッキにいた乗客達は恐怖で逃げ惑う。
海上で波乗りをしていた人達をまるで弄ぶかのように高波が襲う。船員が潮をかぶりながらケーブルを引いて戻そうとしているが、いつ足が波に取られるかわからない状況ではいつ犠牲者が出てもおかしくない。
「何故攻撃をしてくるんだ」
「分からないよ、でもこのままじゃ危険だ」
するとロインは指先で空に陣を描いた。陣が光ると、何もなかった空中から護衛獣と似たような巨大な鳥が飛び出してきた。
「ここは僕が、ヴレイはルピナを」
「え、ちょっと、どうなってるんだ、どこから獣が」
「今はこんなことより、早く下へ」
困惑するヴレイはロイン怒鳴り声で我に返ると、身軽に手すりを飛び越え、階下の甲板へ飛び降りて行った。
波乗りの場のデッキまで下りてくるなり、高波にのまれまいと手摺りにしがみ付いているだけの船員は船内へ非難させ、動ける者と協力しながら海面に転倒したプレイヤーをデッキに戻した。
無事に波乗りを続けているのはルピナだけになった。
この状況にもかかわらず彼女はスリルのある高波を楽しんでいるように見えた。
「彼女は俺がどうにかしますので、他の乗客をお願いします」
船員達は迷いながらもここはヴレイに任せて良いと判断した。
「何かあったらすぐに私達を呼ぶんだ」
「はいっ」
とは言ったものの、ここで粒濡れになって待機するのは酷だった。そこでヴレイは乗り場に置きっ放しになっていたボードを足に装着すると荒波へと飛び出した。
相変わらずルピナはこちらに視線も向けず、平然と滑っていた。
「おい、甲板に戻るのは危険だ、間違っても転倒するなよ」
「するわけないでしょ」と叫んだルピナは高波の上からジャンプしてヴレイの頭上を通り過ぎた。
その運動神経にはヴレイも脱帽だ。
上空ではロインが召喚した獣と護衛獣が衝突しながら激しい攻防戦を繰り広げていた。
だが力の差は明らかだった。一方的に体当たりされているのは召喚獣の方だったので、見ていて不安になったヴレイは腰に手を当てて気付いた。銃を部屋に置いてきてしまった。
「あれシルバームを護衛しているんだろ、何で急にこの船を攻撃してきたんだ」
「そんなこと私に分かるわけないでしょ」
言葉を吐き捨てるように怒鳴ると、背負っていた剣のベルトを腰まで下げ、ボードと繋がっているグリップを片手に持ち替えた。緋色の柄を握ったまま獣を鋭く見据える。
「おい、何をする気だ、剣じゃ無理だ」
「やってみないと分からないじゃない、ちょっとあんた護衛獣が低空飛行してきたらタイミングよく私を放り投げて」
「バカな、そんなことが」
あきれて苦笑いするヴレイだったが、昂然と構えながら海面を滑り続けるルピナを見て、それ以上言葉が出なかった。
「分かった、俺がそっちへ行く」
不規則に暴れる波の動きに合わせながら、ルピナの側で滑り続けるのは容易ではなかった。ケーブルと繋がるグリップを片手に持ち替え、自由になった右腕をルピナの腰へ伸ばす。
二人の息が合った時、高波の頂点へと滑り上がった。護衛獣の動きを見定めたヴレイはルピナの両脚を抱えて持ち上げた。
「行くぞっ」
合図と同時にルピナはヴレイの腕力によって、宙へ放り出された。
間合いに入った獲物を鋭い眼光で捉え、構えた姿勢を崩すことなく護衛獣の首を目がけてルピナは剣を抜いた。
返り血を浴びたルピナの顔が深紅に染まる。
その様子を展望甲板から見ていたロインは、初めてとは思えない息の合った二人のコンビネーションに見惚れてしまった。
深手を負った護衛獣は飛行力を失い海面に叩き付けられた。海面を血で染めながらも、船に向かって飛び立とうと水飛沫を上げながら、翼をばたつかせていた。
二人は警戒して身構えると、船橋の甲板の下から射撃砲らしき装置が現れた。
「何でただの客船に砲弾が」
「海と繋がるこの湾はシルバームの護衛獣が監視しているのよ、しかも最近シルバームは情勢が不安定だから、砲弾は護身用よ」
十二時方向に向けられた射撃砲はタイミングを見計らい、護衛獣に目がけて砲撃された。
だが護衛獣は直撃寸前に水面から飛び上がった。爆音と共に水面が山のような波飛沫を作り、爆風と津波で船体は大きく傾いた。
「大丈夫か」
「なんとかっ」
高波に襲われながらも無事に滑り続けていたルピナを見て、何故かヴレイはホッと肩をなで下ろした。
だが安心ているのもつかの間、護衛獣が口を大きく開けると、体内から太陽の様な光源が強烈な光を放って顔を出した。
初めて見る光景にヴレイは我が目を疑った。
「なんなのよあれ」
眉をゆがめたルピナが大声で訊いてきた。
「こっちが聞きたいよ」とヴレイが叫んだ直後、その光源は船を目がけて放たれた。
一瞬音もなく、秒針が止まったかのような刹那的な間に、ヴレイは手の甲に印を描き意識を拳に集中させると、護衛獣の放った光弾と同等の光弾を放った。
お互いの閃光が正面衝突した瞬間、空中で爆発を起こした。すぐさまヴレイは先と同じような光弾を放つと、見事に護衛獣の胸を貫いた。
* * *
「あんた、人間?」
「魔獣の化身?」
怪訝な顔をするルピナと、興奮で目を皿にするロインの様子に、呆れて頭をかいたヴレイは深く溜息をついた。
「お前らに言われたくねえよ、ロインはいきなり怪物出すし、ルピナは女であの剣術だし、どっちが変人なんだか」
「その言い方やめて、女だからって関係ないでしょ」
「だったら人のこと馬鹿にするような言い草はやめろよ」
デッキからルピナとロインの部屋が近かったので、ヴレイはシャワーだけ借りて潮を洗い流した。苛立って黒髪を荒々しく拭いたタオルをヴレイはバスルームに投げ捨てた。
本当は今すぐベッドで寝入ってしまたいほどの疲労感と脱力感に襲われていた。
自分の拳を見てから、いまだに震えの止まらない手をさする。何年かぶりだろうかあれを使ったのは、と先の事を思い出してまた震えた。
「ケンカしてる場合じゃないだろ、シルバームの護衛獣はおかしいよ、絶対に何か理由があったんだ、でなきゃあんな必要以上の攻撃なんてしてこないよ、ましてやただの客船に」
「そうだな、そのシルバーム国とやらに何か目論見があることは間違いない」
任務内容にも記載されていた国でもあったので、首を突っ込まないわけにはいかなそうだと思ったヴレイは溜息をつてしまった。
この二人とはまだ別れない方が得策だと思ったが、ルピナとは初っ端からケンカが多いのでこれからのことを考えると気が重くなった。
夕食後、ヴレイはさりげなく情報を収集しようと、カフェで彼等とお茶をすることにした。
昼間食べ損ねたアイスの乗った蒸しケーキをルピナは幸せそうにほおばった。腹も満たされ少々眠たそうに肘を突くヴレイは、それを見て胸焼けを起こしそうになった。
ジュースをストローで吸い上げて喉を潤したとロインは険しい表情を見せ、被害者が裁判で陳述するかのように口を開いた。
「グランドラインの国々は王が国を守り、民を救って安寧をもたらす、名君たる王が玉座について代々国を統治するものだと言い伝えられている、でもシルバームは王制を廃したんだ」