第8話 ここにいる理由 | 虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

小説家デビューを目指し地道に執筆活動を続けるyuuma(立花 佑)の日記です。2017年からWebライター始めました&杉山貢大農園のお茶ネット販売&ハーブ畑作り&アルファポリスにて小説掲載中〜!

 敵艦からの砲撃警報に気付いて振り向いた瞬間、ヴレイの視界は再び眩い光に支配された。


 その様子を端末モニターで確認したオペレーターは愕然としたまま結果を述べた。

「稼働率マイナスにっ」

「フィールド出力が稼動しません」

「コックピットボックスを強制射出して」

「了解っ」

 ノアの指示で即座に反応したオペレーターがキーボードを叩いた。


 デスクに肘を突いてモニターを凝視する総司令の隣で、不動に直立するスカイ副指令が低い声で言った。

「連合評議委員がまたうるさいぞ」


 席から立ち上がった総司令はモニターに背を受けて答えた。

「機体が破損しても構わない、妖源ダグのバックアップはドミロンに保管されている、パイロット回収し次第ディウアースをドックへ回収、ペクト艦には特別ダグコードを通信しろ、大陸軍法評議会にもだ」

 書類の束を乱暴に掴むと、踵を響かせてブリッジから出て行った。


 一人残されたスカイ副指令は重たい溜息をつきながら、階下のブリッジに視線を落とした。

 そこには意気喪失しながらも、拳を震わせた彼女が佇んでいた。


* * *


 冬の到来が間近に迫ると、一層冷たくなった空っ風が公園に強く吹きぬけた。

 落ちゆく夕焼けが街全体を愁色に染め上げていた。


 同じ色に染まったセイヴァ本部敷地内の数箇所には憩いの場として公園が設けられていた。この寒空の下、公園には誰の姿もなく、彼女一人だけがベンチに座っていた。

 寒さで眉間に力が入る。緑色に茶色がかった瞳はどこか遠くを見つめ、赤い口紅を塗った唇は乾燥していた。   

 絹地のような白い肌に夕日が当たる。

 風に吹かれているのは緋色に染まって艶めく赤毛の髪だ。


 しばらくして枯れた芝生を踏み歩いてくる足音に彼女は気がついた。

「ノア」

 暖かいものが頬に当てられた。


 視線を上げると、イーグルが缶コーヒーを持って立っていた。

 首筋まで伸びた青みがかった黒髪が横風になびいている。

「ほらよ、コーヒー」

「ありがと」


 イーグルがノアの隣に腰を下ろすと、二人同時に缶コーヒーのふたを開けた。

「まだ秋なのに、冬みたいだな。寒くないか」

「大丈夫」


 はるか遠くの空を眺めてから、ノアは熱いコーヒーを一口飲んだ。

 気付けば甘い香りが風に乗って、公園全体をその香りで包んでいた。冬季の間、薄紅色の花を咲かせる樹木がこの公園の周囲に植えられている。

 少し開きかけた蕾から甘い香りを漂わせていた。この甘い香りが冬の到来を感じさせる。


「修復作業が予定を大幅に遅れて終了した。とくにディウアースは修復じゃなくて復元作業だったらしい。調整が終わり次第再起動テストだな」

「そう。乗ると思う? あんな目に遭ってまで」

「乗るだろ、もうあれから一年だぞ、あんな目に遭ってまでもあいつはディウを手放しはしないと思うぜ。「妖力を生かせられるのはディウだけだ、ディウがあるからここに居られる」って言ってたからな」

 頓着のないイーグルは話しながらコーヒーを飲み干した。


 隣で小さく溜息をついたノアは抑揚を失った声で呟いた。

「寂しいこと言うわね」


* * *

 ジダルガン・スカイ副指令はラクルナ・リルディクス総司令を横目で見てから、深刻な面持ちで事態を述べた。

「まさか過のような攻撃をするとは冗談にもならん。ディウアースと第一艦隊の修復の見通しはたっていないそうだ、ラグゼル隊佐が黙ってはないぞ」


 眼鏡の向こうから窓の外を眺めるラクルナは何事もなかったかのように、その冷静沈着な態度を崩すことなく堂々と答えた。

「問題ない。今回のことはペクトがここに直接占拠して来たと同等だ、軍法違反であの国がどうなるかは目に見えている。責任はすべて向こうにある、今後のことは大陸軍法評議会と連合評議会が決定する」

「それはそうと、死者は出なかったものの、彼らは三ヶ月の治療が必要だ、特に酷かったのはブリッジだったそうだ。艦長候補生は意識を取り戻したそうだが二ヶ月は集中治療室だ、それとディウアースのパイロットだが、まだ意識が回復していないそうだ」


 深いしわを眉間に刻んだスカイ副指令が憮然な溜息をついてから三日後、ヴレイは集中治療室のベッドの上で目を覚ました。

 まるで思考回路のない人形の様に、ただベッドの上で横になっていることしかできなかった。同じ頃、ノアは総司令公務室を訪ねていた。


「ディウアースの制御システムを早急に見直すべきです。あのままではパイロットの心身に負担がかかりすぎます、それにコックピットの強制射出は妖源を強制的に遮断させるためパイロットは意気を失います、ケガを負っていれば更にリスクを伴います」


 大窓の前に佇んでいたスカイ副指令が浮かない顔で答えた。

「それはすでに検討中だが、彼の『力』を抑えるのはシステムでも限界がある、彼自身が『力』を制御できなくては、システムのバックアップ能力も低くなる」

「ですがこのままでは、彼は戦うだけの兵器と同じです。彼は人間です、危険な状況に追いこまれれば誰でも精神不安定になります」

「だが……」


 心苦しい顔を浮かべるスカイ副指令が口を閉ざすと、情緒の読めない冷徹なラクルナ・リルディクス総司令の黒い瞳がノアを見上げた。

 いつにも増して精悍なまでの威厳さが分厚い空気の層になって、彼の回りに取り巻いているように見えた。

「事態が重くなったのはどこの責任だ、先手を打たれる前に有利な状況へ持っていけなかったのは何故か、条件次第では敵を撤退させることもできたはずだ、作戦課としての仕事も満足にできずに駄々をこねているのは、どっちだ」


「しかし、言い訳はしませんが、システム開発に愚問しているわけではありません、ただ彼のことをもう少し考えてほしいと」


 するとスカイ副指令が軽く手を上げて、ノアの言葉を止めた。

「開発部も最善の手を尽くしている、それに乱流はパイロットの強い意志と関係してくる、パイロットの日々の訓練に改善は必要だと、すでに訓練教官には相談済みだ」

「シェルトリー二佐、下がりたまえ」


 総司令の鋭い眼光に気圧されたノアはそれ以上言い返すことができなかった。


* * *


 一年前にノアが直接抗議していたことを知ったイーグルは溜息をつくばかりだった。

「行くなら俺にも教えろよ、あいつのこと考えてるのはお前だけじゃないんだぜ」

「ごめんごめん、……抗議した後思ったんだけど、もしかしたら彼の母親があれを造ったのって、息子を守るためなのかもしれない」

 唐突にもらしたノアの言葉にイーグルは理解できず顔をしがませた。


「妖力という特殊能力から息子を守りたかったのかもしれない、もしディウがなくなっても我を忘れず生きていけるように」

「そうだな、ディウ開発の為に母親自身の潜在能力をこじ開けたぐらいだからな。にしてもディウアース型戦闘機の開発予算、バカにならない金額らしいぜ。無駄に税金消費するなら、もっとあいつのことに使ってやればいいのに、俺達の給料にも回せっての」

「委員会に首を突っ込みたがる評議会にとってはおいしい話だな、委員会もおもちゃをエサに抗議を勃発させたがってるんじゃないの、凍結は時間の問題だな。そう言えば、スピカの成績はどんな感じなの」

「ヴレイの最低記録まで後三十点だった。あいつは長い目で見ながら徐々にディウ専属パイロットへ転向するつもりらしい、何よりあいつの肩の荷が少しでも軽くなってくれれば俺はそれでいいと思う」

 独り言のように呟いてから穏やかにイーグルは笑んだ。


「それより風の噂で聞いたんだが、造船に使われている資材が他大陸に輸出されているって話」

 やけに真剣な彼の声色にノアは眉根を寄せた。


「輸出先は?」

「グランドライン」


 二、三度瞬きを繰り返したノアは言葉を選ぶように口を開いた。

「戦艦資材を他大陸へ輸出することは禁止されていないだろ、うちから輸出されているってこと」

「どうだろうな、輸出元の断定は数がありすぎてまだ情報がない、しかしグランドラインも変わったもんだよな、歴史を残す大陸じゃなかったのか、昔から造船資材の輸出はあったが今になって浮上してきたってことは、その数が増えたってことだろ」

「そうだな、調査員がグランドラインに渡るって話はできていないの」

「さあな、まだ聞かないけど」

 イーグルの返答を聞きながら、ノアはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。


「おっ、やっと見つけたぜ、聞いたか、ヴレイがグランドラインへ出張って話」

 駆けつけて来た第一艦隊のスピリッチャー隊員ジールは呼吸を整えてから話を続けた。

「どうやら総司令の命令らしくて、第一艦隊中がその話で持ちきりだ」

 とたんにノアの眉間にしわが刻まれ、自分は悪くないぞといわんばかりにジールは情けなく両手を挙げる

「こりゃ本人に聞きにいくしかないな」



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