第7話 青い瞳 | 虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

小説家デビューを目指し地道に執筆活動を続けるyuuma(立花 佑)の日記です。2017年からWebライター始めました&杉山貢大農園のお茶ネット販売&ハーブ畑作り&アルファポリスにて小説掲載中〜!

 コックピットの自動ドアが開くと、息切れをしているヴレイが、涙ぐむスピカを強引にブリッジへ押し入れた。


「遅くなった、状況は」

「息を切らすなんてめずらしいですね、艦長」

 他人事のように呟いたハリはデスクのキーボードを操作すると、中央モニターに現状を示した空域図を映し出した。


「先ほど本部から情報が入りました。捕捉したのはペクト国連軍の旧第一戦艦だと判明、目的は宣戦布告あるいは妖源ダグシステムの占拠だそうです。僕の解釈だと八つ当たりってところですね」


「逆恨みとも言うな、税金の使い方からベンキョーしなおせって言っとけ」

 細長い眉を吊り上げるジーベックの口端は、どんな時でも不適な笑いを作っていた。


「スピカ。ジャミングや高圧粒子から艦を守る防衛手段は分っているな」


 艦長デスクに座らされ、思わず喉に息を詰まらせた。

 まだ十代にもかかわらず艦長としての超然とした趣や技量は奇跡じみていていたが、スピカは心底彼を畏敬していた。


「敵の攻撃パターンを予測し、どれだけの範囲に防壁を張ればいいのか指示を出すんだ、ペクトは西部連合形態に属している。訓練を思い出せ」


「は、はい」と返事はするものの、やはり手付きは覚束ない。

 緊張のあまり上手く頭の中で情報が整理されないのだろうと、ヴレイは不安混じりの溜息をもらした。


 その時、階下のオペレーターがマイクに向かって叫んだ。

「敵艦隊のフレア反応を感知、攻撃きます」


「三十度に回避」


 ヴレイの指示で直撃は免れた。


「各部損傷の確認。ダグコロニーから被害状況を収集しろ」

「了解っ」

 ハリとジーベックは各セクションに命令の伝達を行った。


「微妙に攻撃速度の誤差が生じているな、つまりこちらが避けられる時間をわざと作ったんだ。もしかしたら陽動作戦か、その判断も艦長に任される」

「そうですけど、まだ僕はそんなことまで習っていません」

「だったら今習え、艦長は皆が集めてくれた情報を元に指揮すればいい。だから端末モニターにはこれらの座標とデータを表示しておけば、後は機械が算出してくれる、何を公式に当てはめるかは艦長に任させれるが」

 ヴレイはキーボードを叩きながら説明する。


 状況についてこられないスピカはおちおち言葉を詰まらせていた。

 確かに戦艦システムの知識や戦闘能力は問われるが、重要視されて要求されるのはすばやい判断力と冷静さ、そしてクルーを引っ張る指揮能力だ。

 スピカは必死になって覚えたマニュアルを思い出そうとするが、緊張して上手く思考回路が働かない。

 手の平が異常なほど汗ばんでいた。


「にしても、一体どう言う事でしょう。まだバク波ならいいですけどフレア戦にでもなったら面倒ですよ」

 ハリは口を尖らせて呟くと、長い前髪をかき上げたジーベックが中央モニターを眺めながら独り言のように答えた。

「でも今のは目的を持って攻撃してきたと認識せざるおえないぜ」


 ブリッジに張り詰めた空気が漂った。


「とにかく本部の発令所に緊急連絡だ、ハリよろしく」

「了解」

 ハリは素早く作業に取り掛かった。


「これほどの状況下でも攻撃許可が下りると思うか? ドミロンとジレーザスの連合条約が締結したばかりだろ、旧戦艦は元々ジレーザスが所有していたんだし、それを攻撃したらやっと漕ぎ着けた護衛協定も徒労に終わりそうだな」

「だとしても、選んでいる余裕はない。許可がない以上領域を侵犯させるわけにはいかない」

 モニターを上目遣いする艦長の眼光は、悠然さを常に保っているジーベックにスリルを感じさせるほどの凄みがあった。


 戦艦の界下には雲海が広がっていた。地上は曇っているらしい。

 コックピットは天井から外壁まで超強化ガラス張りになっているので、天気が良ければ真っ青な虚空が眺望できる。

 目を凝らした先には、雲海の上に頭を出した山脈の稜線がうっすらと浮かび上がっていた。


「艦長、リルディクス総司令より入電です」

 ハリが操作すると、中央モニターにラルクナ・リルディクス総司令が映し出され、コックピット内のクルー達は一斉に姿勢を正した。


 悪気はないが意識的にそのモニターを凝視したのはヴレイだった。


「君らが遭遇した艦隊はペクト軍事政権後継者の残存部隊と判明した」

 心情を読み取らせない一方的な声色だ。


「妖源ダグの件は大陸軍法評議会で和解したはずです」

 ハリは眉根を寄せて意見した。

「だが彼等にしてみればまだ終わっていなかったということだ。現に決起声明が同盟軍に送りつけられている、今そっちにデータを送った」


 送られたきた声明の映像がモニターに映されると、コックピット内にクルー達の疑惑がどよめきとなって沸き上がった。


 声明の映像が終わると、モニターは総司令を映した。

「ジレーザスと協定を結ばせまいとしている、だがそれは我々が判断することではない、お能の仕事をしろ。

全艦隊戦闘準備、本部から指示する」

 総司令の映像が消えると、空域図の画面に切り替えられた。


「戦闘……、そこまでしなくてはいけないのですか」

 慄然するスピカの声が恐怖で震えていた。


「スピカ、お前が指揮をするんだ。怯えている暇はない、命令だ」

 厳しくヴレイに怒鳴られ、泣き出しそうなスピカはビクリと肩を震わせて艦長を見上げた。


 端整な容姿ばかりではなく艦長の傲然とした姿勢はスピカだけでなく、コックピットにいるクルー達にも畏怖的なものを感じさせた。

 彼から発せられる威光が艦を束ねる天賦の才能なのだと、誰もが納得させられる。

 そんな彼の恩恵を浴びているスピカは強く瞼を閉じ、「大丈夫」と何度も自分に叱咤させ、ひとつ深呼吸をしてから深緑色の双眸を見開いた。


「イーグル副艦長に通信、今すぐ戦闘準備。本部からの指示を待って戦闘開始、整備班はダグシステムのバックアップ強化を行ってください」

 スピカは振り向いて、背後に立つヴレイを見上げて命じた。

「ディウアースパイロットは戦闘準備をしてください」


 了解の合図を示す代わりに、イスの背もたれに手を突いたヴレイはスピカにだけ聞こえるようにささやいた。

「スピカにはその真っ直ぐな熱心さと才能がある、だからこの座に就いたんだ、自信を持て。俺とは違うんだから」

 スピカの肩を叩いたヴレイはブリッジから出て行った。


 艦長の言葉の一部に疑問を抱いたが、今は目の前の仕事に集中した。


* * *


 セイヴァ本部発令所は緊迫した空気に満ちていた。


 第一作戦課のブリッジから、ノアは揺ぎ無い視線を中央モニターに向けていた。

「通信繋いで、作戦モニターを艦のモニターへ配信して」

「はい」


 艦の中央モニターに、本部発令所のモニターに映っているものと同じ戦略航路の空域図が映し出された。


「簡単に説明するからよく聞きなさい。第一艦隊が敵艦の気を引くおとり役、第二艦隊が第一からの合図を受け、反対から山脈の影を利用して駆逐艦隊の動きを封じる、挟み撃ちにして母艦のシステムを停止させる。陽動のやり方は艦長に任せます。絶えず連絡を取り合い、タイミングを計ること」


 デスクに足をかけたジーベックが背もたれに体重をかけて、頭の後ろに指を組ませた手を回すと気だるそうに呟いた。

「理論上では説得力のある作戦だが、そう上手くいくかね」

「大丈夫ですよ」ハリが笑顔で返した。


 不安を隠しきれず一つ一つの指示に恐怖しながらも、スピカは意を決するとマイクのスイッチを入れた。

「スピリッチャー各員戦闘配置、イーグル隊長の支持で発進してください」

「了解」

 音声だけがコックピットに響いた。


「あのジーベックさん、確かヴレイ艦長が乗るディウアースは艦長しか持っていない『力』で動くんですよね」

「そうだ、あいつしか乗れない。だからあいつを倒そうと、何回か狙われたこともあるが心配後無用だ。お前見るのは初めてか」

「はいっ」

「艦を君に任せて、ディウ専属のパイロットになる日もくるんじゃないか」


 翡翠色の瞳を向けたハリはスピカの驚き様にクスッと喉で笑った。


「まさか、でももしそんな日がくるなら、その日のために僕がんばります」

 ぎゅっと拳に力を入れたのと同時に、副艦長でありスピリッチャー隊長でもあるイーグルがモニターに映し出された。

「全機発進準備完了。本部からの指示了解した。配置、人選共に問題はない、後はお前の指示を待つだけだ」


 生唾を飲み込んだスピカは精一杯モニターに向かって叫んだ。

「スピリッチャー隊はイーグル隊長を筆頭に発進してください」

「了解した」


 イーグルは八重歯を見せるように笑むと、ディウアースのコックピット内の映像に切り替わった。

「最終調整完了した」

「了解、では充電ケーブルを切断」

「ちゃんと言えるじゃん」

 ヴレイの笑顔にスピカは励まされたように嬉しくなった。


「スピリッチャー全機離艦しました」

「了解、ディウアースは三十秒後に離艦。発進準備」

 スピカの指示と共にコックピットは驚くほど活気付いた。

 それを見てハリとジーベックは目を合わせて強く頷いた。


「防御出力異常ない、妖源動力システム順調に稼動、ダグシステムバックアップに問題ないし、乱流発生率零点八パーセント、搭載飛行機の最終安全装置解除だ」

 景気良くジーベックはモニターを読み上げ、ハリがその続きを付け加えた。

「順調に出力上昇中です。スピカ艦長候補生」


 二人からの合図にスピカは視線で頷いた。

「ヴレイ艦長、頑張ってください」

「了解」

 音声だけがブリッジに響く。


「ルート確認、発艦します」

 数十機のスピリッチャーと戦闘機ディウアースが晴れ渡った空へと飛び出した。

 発令室を囲む超強化ガラスの向こうに、スピカはその姿を肉眼で確認した。


* * *


 同時刻、セイヴァ本部発令所でも機体の発進を確認していた。


「半径二十キロにシールド展開、その四十秒後……」

 ノアが指示をしている最中に、別のオペレーターが端末モニターを見ながら愕然とした声を上げた。

「シェルトリー二佐、五十近くの敵スピリッチャーから高エネルギー反応、ウイルス波ではありません」


「熱粒子が母艦からも反応しています」

「波動除去プログラムを作動させています」


「通常探知機では無反応だ、しかも許可のない撃墜砲を出すなんて、通常の防壁では貫通してしまう」

 蒼白していくノアは言葉を失って立ち尽くしてしまった。


「三時の方向、第一艦隊に向けられています、攻撃きます」

「緊急防御の命令だ」

 突発的にデスクを叩いたバンディス一佐が声を上げた。


「間に合いません」


 ディウアースが空へ飛び出した次の瞬間、紫紺色の瞳に映る視界が一瞬にして光に支配された。

 上空一万五千メートルにまばゆい光が散った。


「ヴレイ……」

 ノアは目を皿の様にしたまま、その場で放心状態になりながらも無意識に指示を仰いだ。


「急いで被害状況を確認して、動ける機体も即時離脱」

「整備班はドックへ急げ」

「救助船を第一艦隊へ向かわせろ」

 発令所にいた非戦闘員は嵐のように駆け回っていた。


 固く拳を握り締め、中央モニターを睨みつけていることしかできずにいると、オペレーターの一人が突然振り向いた。


「シェルトリー二佐、ディウアースのコントロール神経に八十パーセントの乱流を測定しました」

「外部装甲盤が五十パーセント焼失、妖源動力エンジンが四十パーセント破損し稼動レベルが危険域です、補助エンジンを全力で稼動させても、機能低下のバックアップにはなりません」

「パイロットは頭部から出血しています、このまま乱流を続けさせては命に危険が」


 全身から血の気が引き、愕然としたまま沈黙するノアの変わりに、冷静さを失わないバンディスが変わって指揮した。

「機能レベルは下がっても構わない、鎮静プログラムを送れ」

「神経回路が三十番まで切断、乱流に影響され自動防御が強力に転回されています、そのため鎮静剤の効果がありません」


 するとノアが突然我に返ると、オペレーターの背もたれに手を突いて指示を出した。

「ディウと通信繋いで」

 即座にオペレーターがキーボードを叩いた。

「繋がりました」


「今すぐ離脱しなさい、命令だ、ヴレイ聞こえてるでしょ、退却しなさい」

「無駄だ、シェルトリー二佐。強制離脱を試みるんだ」


 ノアの決死の叫び声はヴレイの耳に届いていた。

 心臓が破れてしまいそうなほどの鼓動の高鳴りに、息が上がる。

 『力』の抑制が効かなくなる度、自分自身に恐怖を感じていた。


「信じられません、稼動レベルが上昇しています、このままでは」


 正面を猛然と見据えたヴレイの瞳は紫紺色から紺碧色に深く輝いた。

 こめ髪から一筋の血が流れ落ち、操縦桿を握る手に落ちた。それも一滴だけではなく、だらだらと流れ落ちてきた。


「ディウアースが再起動しました」


 機体を損傷したディウアースは間接部分にギシギシという鈍い音を響かせた。搭載していた飛行機が駆動音を響かせた直後、突風のごとく敵の戦闘機軍の中に突っ込んでいった。

 その動きは尋常ではない、相手が攻撃してくる前にフレア砲撃で仕留めてしまっていた。


「搭載飛行機の反応プログラムが書き換えられています」

 微塵の動揺も感じさせないディウアースの戦闘力に、誰もが言葉を失い、殺戮にも似た光景に戦慄する者さえいた。


「敵スピリッチャーの数が四十パーセント減少」

「メインダグの一部が破損しているため、ディウアースの稼動領域が限界にきています、このままでは連動している飛行機の出力も落ちてしまいます」


 奥歯をかみ締めていたノアがハッと顔を上げた。

「搭載機に帰還コードを組み込んだウイルスを送信して」

「自動防壁を解除するのに少々時間が掛かります」

「急いで」

「はい」


「二佐、旧戦艦から再び熱粒子反応を感知、ディウアースに向けられます」


 その時、ディウアースのコックピットに甲高い警報音が鳴り響いた。



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