第5話 約束 | 虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

虹のふもとに眠る宝は何だと思う?

小説家デビューを目指し地道に執筆活動を続けるyuuma(立花 佑)の日記です。2017年からWebライター始めました&杉山貢大農園のお茶ネット販売&ハーブ畑作り&アルファポリスにて小説掲載中〜!

 グランドラインは二大陸から成っている。その一つ、グレスタナー大陸の東部、ラブラリン国の東国際空港に降り立ってから、二週間がたった。


 どこまでも吸い込まれそうな眩しい虚空。

 石畳を踏みしめる足音、赤い屋根が並ぶレンガ造りの町並みに響く教会の鐘。


 湿った土の匂いまでもが洗礼されているような気がしてヴレイは清々しくなった。機械化、通称インジョリック化が進行しているとはいえ、それは生活面のみで利用している国々がほとんどで、軍事的策略があって機械を導入させている国は限られている。


 この街には相当古い建築物が残されていた。

 壮麗な大聖堂や、豪華で威厳を放つ宮殿と言われる建物は遠目からでも圧倒される。

 歴史を守るために存在する大陸がここにはあった。


 

 馬車が首都ミラードルに着いたのは夕方に近かった。

 生まれて初めて馬車に乗ったヴレイは馬車酔いに襲われ顔面蒼白になっていた。少しでも良くなろうとずっと外を見ながら風に当たっていた。


 軒を連ねたテント形式の市場には色鮮やかな衣類や食材が、所狭しと並んでいた。それらを求める地元の買い物客で市場は活気に満ちていた。 白い煉瓦で統一された建物が橋と橋で繋がれたミラードルは、最近観た都市の中では最もにぎやかに栄えていた。


 白石を詰まれて作られた噴水を中心とした広場に到着すると、馬車は決められた駐馬スペースに停められた。

 馬は腕木を外され、噴水に鼻面を突っ込んで水を飲み始めた。


 客達はざわざわと降りて、ヴレイは屋根に積まれた荷降ろしを手伝った。

「あ、それあたしのなの、取ってくれない」

 突然黄金色の髪の少女に言われて、ヴレイは毛皮の付いた革製のバッグを降ろしてあげた。


「ありがと」

 むしりとるようにバッグを受け取った少女はそそくさと踵を返して、市場へ駆けて行った。


 少女だけではないが、こちらの住民が着ている服は派手なものが多かった。

 基本的に色鮮やかなものが多い。少し蒸す気候にもかかわらず女性は布を多く使ったドレスを装い、男性はリネン生地や絹生地の衣装を身にまとっていた。


 生活の格差によって大なり小なりの違いはあった。

 それに比べたら先ほどの少女は軽装だった。翡翠色に染まった絹生地を腰に何重も巻いていたのが印象的だった。リネン生地のパンツのすそは黒革の紐ブーツにしまわれていた。

 両膝には銅製の膝当てが付けられていた。

 腰に下げていたのは緋色の鞘におさめられた長剣だ。


 インジョリックサークでは一分もしないうちに警察に捕まっているだろうなと、思いながらヴレイは鼻で笑った。


 軍人として仕事をこなしながら、仇を追えるほどの時間も気力も、正直言ってないに等しかった。

 それを知っていて父親は今回の任務を与えてくれたのだろうかとヴレイは考えてしまった。

 だとしても今更仇を見つけてもどうすれば良いのか、長い時間の中で幼い頃のヴレイの怒りや復讐心は、もはや過去の遺物になろうとしていた。

 でもこの任務を引き受けた限り、仇のこともあきらめ切れなかった。


 あの村が、幼い頃襲われたあの村がグランドラインにある、手掛かりはこの大陸だけにしかないのだから。


* * *

 

 手元のモニターを深緑色の瞳に映す彼は、二、三度瞬きをした。


 まだ艦長としての正式な制服を着ていない。灰色の服装が見習生であることを示している。左胸にはセイヴァの意味をしめす徽章が輝き、紺色のパンツのすそはきっちりとブーツの中にしまわれている。


「ここはひとつ艦長候補生のお手並み拝見といきますか」

 肩につく金髪を手際よく束ねた技術部のジーベック少尉が楽しそうに言った。


「実戦スタートです。前方に動力波反応を感知、領域内に侵入しました」

 凛とした声で言った作戦部のハリ少尉は二十歳をすぎた青年ながら、子供のような大きな黒い瞳を持ち、その活気あふれる発言力で現場の空気を引き締めた。


 戦闘隊形を映している空域図が中央モニターに映されると、候補生に緊張が走った。


「スピカ、もっと肩の力を抜け」

「は、はい、艦長」

 誰よりも歳若い本艦の艦長が候補生に声をかけた。


 この第一艦隊の最高責任者であり総司令官でもある艦長は紫紺色の瞳を中央モニターに向けたまま、手元のダグノートを操作すると、敵艦のデータがモニターの隅に表示された。

「敵艦隊識別信号を受信、戦闘隊形は南部連合軍式と合致している」

「あ、はい」

 と返事はするものの、萎縮しているスピカの視線はモニター上を泳ぎ、手には汗を握り締めているばかりだった。


* * *


「相転移エンジン大破、各部被害甚大、死傷者、負傷者共に多数出ている模様」

 冷静沈着な艦長は事務的にデータを読み上げた。


「第一艦隊戦闘不能です」とハリはいつになく声を張り上げた。

「いまだ合格点には手がとどかずか」

 力なく背もたれに寄りかかったジーベックは長い前髪をかき上げた。


「残念な結果ではありますが、気を落とすことはありませんよ。今回の模擬戦闘は訓練レベル八の高難度ですからね、一発合格はうちの艦長ぐらいですよ」

 ハリは嬉しそうに説明した。


「エネルギーの残量い注意して、攻撃成功率と回避、防御を見極めながら慎重に戦えばさほど難しくないよ。ある程度はダグがバックアップしてくれるから」

 艦長の易しい説明に励まされたかのようなスピカは「はい」と元気の好い返事をした。


「さすが艦長。よいアドバイスです。ヴレイ現艦長と前代艦長、歴代この二人しか模擬戦闘一発合格者はいませんせかね、その腕を認められたうちの艦長はこの世界では有名人ですから」

「やめろ、ハリ」

 ヴレイは眉根を寄せて、ニコリと笑うハリをにらんだ。


 機嫌をそこねた艦長をよそに、不敵な笑みを見せたジーベックがさらに付け加えた。

「二代続きの凄腕が名を残したことで、不死身の艦隊と異名されたほどだからな」

 二人のセリフにスピカは力なく肩をなでおろし、今にも泣きそうになりながら呟いた。

「これ以上僕にプレッシャーをかけないでください」



「あはははっ」と声をあげて笑ったのはノアだった。

「笑いごとじゃあありませんよ」


「ごめんスピカ、でも彼らが艦長を尊敬するのは当然だよ、特に戦の前線で戦う彼らにとって指揮官の命令は絶対だ、それだけ艦長を信頼してるからな、自慢したがるのはしょうがないよ」

 ノアの言っていることは最もだった。


 地下施設の第一ドックは艦隊整備用ケージになっていた。

 機械と油の匂いが鼻についていたが、時間がたつとまったく気にならなくなった。


「で、どこまで話したかな」

「艦長の階級は佐官の下となり、仕官で言うと中隊長または大尉という、ところまでです」

「そうそう、だから幹部といっても上官クラスにいるわけではないのよ、現場では最高司令官だけどね。これで少しは力抜けた?」

 ノアは平然と言ってしまうが、スピカは眉をひそめて「でも」と言葉を続けた。


「十七歳にして艦長の職務に就いているのはすごいことですよね」

「まあ、前例がなかったから。責務と言う観点から言ったらこれは甘えになるんだろうけど、会議や評議会の場で大人と混じって論じることができない、だから副艦長のイーグルやジーベックまたはハリに発言を任せている、本人の言論が必要なときもあるけど」


 初めて聞いた話にスピカは口をあけたまま頷いた。


「威張り腐った上の連中は特権付きのような彼に、いい風を吹かせようとしない。ディウアースにしても幹部はその性能に反感している。スピリッチャーの戦闘システムと基本は同じだから、ディウの開発はただの税金の無駄使いだってね」

「そんな、遠回しにヴレイ艦長を非難しているようなものじゃないですか」

 視線をヴレイに向けながら呟くスピカの顔は渋る。


「何を言われても彼は絶対気にするそぶりは見せない、ああ見えてクルーをまとめ上げる艦長としての威厳は持ち合わせているから」

「強い艦長ですね」

「そうよ」

 ニコッと口端を上げて笑ったノアに、スピカは数秒間見惚れてしまった。しかも彼女の声色ときたら酔いしれてしまいそうなほどなめらかなものだった。


 ディウアースの胸部の拘束壁からダグ回線で繋がれたダグノートと睨めっこをしながら、キーボードを打っているヴレイを半分うらやましげに盗み見てしまった。


「ノア二佐、特別講義ありがとうございました」

「いつでも訊いて。もうすぐ模擬戦闘試験だろ、自信のほどは?」

「艦長に教えてもらってはいるんですが、僕覚えが悪くて、なかなか合格点に達しないんです」


「君の場合焦らないことね、君のペースで力を付ければいいんだから、候補生になれただけでもすごい才能なんだから、自信を持って」

 うつむいていたスピカはノアの言葉を聞いたとたん、やや嬉しそうにほころぶと「ありがとうございます」と深く頭を下げて、足場に設けられた鋼鉄のはしごを軽やかに降りて行った。


「どおディウの整備終わりそう?そういえばまだ区画配線整備合格してないんだって?初級なんでしょ」

「そんなこと言われたって勉強はしてる」

 あれだけ褒められた艦長も今は唇をすぼめてむくれていた。

「それでも合格しないのは教える方に問題があるんじゃないか」


 すばやくキーボードを叩くヴレイの横顔を見つめながら、ノアは恋人と言うより世話の焼ける子供にものを伝えるような口調で言った。

「イーグルは時間を割いて教えてくれてるのに、その言い方は失礼だろ」


「悪かったよ。たんに俺の覚えが悪いんだよ。スピカのように訓練校から推薦されて艦長になったわけでも、前代のように才能があって艦長になったわけでもないのに、俺に勤まるわけないだろ。みんな俺を褒めるけど、作られた能力じゃないか」

 バタッと音を立ててダグノートを閉じると、ヴレイは嫌気が差したような溜息をついた。


「何もそこまでむきになることないじゃない」


 不穏な空気が二人の間でただよった。


 ヴレイは少し気まずくなって「ごめん」と小さく謝った。

 コードや整備器具をしまいながら、ヴレイはとっさに違う話題を引っ張り出した。

「そういえば俺来週休みが取れたんだ、最近お互いの休みが合わなかっただろ、せっかくだし街へ出かけるのもいいかなって」


 その言葉にパアッと顔を明るくしたノアが返事をしようとしたその時、地下ドック内にけたたましい警報が鳴り響いた。


 掴みかけた仲直りのチャンスを警報ひとつで簡単に不意にされてしまい、ヴレイは誰にも気付かれない程度に舌打ちをした。


「発令所へ戻るわ。ヴレイは艦の発進準備を」

「了解」と気だるそうに返事をすると、チラッとノアに視線を向けたヴレイは彼女の唇にキスをした。


 半ば恥ずかしそうに、そそくさとその場から立ち去ったヴレイを、ノアが後から呼び止めた。

 突然の呼びかけに驚いたヴレイは条件反射的に振り向くと、後頭部で結われた黒髪が動きに合わせて大きくゆれた。


「さっきの、約束だからね」

 ケージ中にノアの声が響いた。


 真っ直ぐ向けられる彼女の瞳に愛らしさを感じ、ヴレイは照れくさそうに笑みを返した。


 

 息を切らして発令所に戻ってきた時には、中央モニターに写る空域図に敵艦を示す印が点滅しいた。

「信号受信後に敵艦を感知、領域内に侵入しました」

 オペレーターの一人がモニターを見ながら説明した。


「総員戦闘準備、敵艦の進行状況は」

「はい。南南西から進行中、このままでいけば三時間後には境界線まで到達しそうな勢いです」


「まだ様子見ね、第一、第二艦隊発進準備。準備ができ次第発進せよ、高度一万五千メートル、方位は送信される座標に固定、その場にて待機せよ」

 中央モニターを見上げるノアは眉根を寄せて、精悍なおもむきを強張らせていた。


 

第4話   >>>  第6話