時代と共に変化を重ね、時代の流れの中で生きる。
機械文明が発展し、科学技術を極めた大陸インジョリックサークには二つの大陸が存在する。その一つ、東側のリンボーン大陸の最北端に位置するジルニクス国。
高層ビル群が街の中心部に密集し、幾本もの都心環状線によって繋がれている。
首都近郊の住居区は高層建築が周流で、やや勾配のある都市を巡回している路面電車は日常生活には必需機関だ。
首都圏から伸びる高速道路はリンボーン大陸最大規模を誇る商業地帯でもあり、世界各国から人が集まる首都ピポロードルへと繋がっていた。
都心に向かって四人乗りのエアバイクを運転する女性は、助手席から街を眺めている少年を盗み見た。
街のいたる所には、冬季の間にだけ花を咲かせる樹木が植えられていた。賑わいを増してきた蕾はどれも薄紅色に膨らみ、微かに甘い香りを放っていた。
「ヴレイ・リルディクスね」と唐突に確認され、少年はたじろぎながら「はい」と返事をした。
警戒心の強い紫紺色の瞳が運転席の女性を認めた。
赤い口紅がよく映える白い肌の女性は軍服に身を包んでいた。
「到着までに、これに目を通しておいてね」
渡されたのは手の平サイズのダグノートとイヤホンだった。
躊躇しながらもヴレイは耳にイヤホンをつけて、電源のスイッチを入れた。モニター越しに映し出された文字を見て、不機嫌そうに読み返した。
「セイヴァって防衛機関の……」
女の横顔を視界の隅で窺ったが、女は黙って運転を続けたままだった。
数分間の映像を見終わると、ヴレイは複雑な心境になった。
「社会の授業で習ったことあるわよね、それに詳しく説明しなくても知っているでしょう」
不満そうにヴレイは「はい」と声を返した。
細く開いた窓から十一月の風が無表情に入り込んでくる。
「本来なら訓練校を経て入隊試験を受けるの、でも君は総司令直属の命令でセイヴァに入隊することが正式に受理されたのよ」
怪訝な顔をしたヴレイに女は小さく笑った。
「どうしてって顔ね。四年前、総司令の官邸から家出したと聞いたわ」
ダグノートを持つ手に力が入った。
女は横目でヴレイの様子を窺ってから続きを話した。
「連れ戻されることに不服ならお父さんに直接聞きなさい。話は変わるけど十二月で十四歳でしょ」
「そうですけど」
「特例ではあるけど、十四歳未満での入隊は史上初よ。皆が君に期待しているわよ」
あまり嬉しくなさそうな顔をしたまま暫く沈黙していたヴレイは、何か思い出したかのように突然、堅気な声で女に訊ねてきた。
「拒否権がないのなら、交換条件を出してもいいんですか」
「内容によりけりじゃないかしら」
通り過ぎていくビル郡の向こうに、一際その威厳さを極めている建造物の頭がこちらを睨みつけているようだった。
* * *
有無を言わさず半強制的に連行されたヴレイは総司令公務室で、唐突に父親と再会した。喜ばしい親子の再会とは無縁な、重苦しい空気を漂わせていた。
「元気そうだな」
先に沈黙を破ったのは父親の方だった。
黒レンズの眼鏡をかけた男の姿に、ヴレイは父親と言う認識を持てずにいた。
「自ら出て行ったお前を無理に連れ戻したわけではない、お前にはここでやるべき事があるから呼んだまでだ」
父親の言葉はあまりにも傲然としていて、目の前の人物だけには逆らえないことを本能的にヴレイは感じ取っていた。
「やるべき事って」
嫌な緊張で喉が渇いてしまいかすれたような声になった。
微動にしない威厳さが昂然と人を見下している。その視線に萎縮するヴレイは気付かれないように生唾を飲み込んだ。
父親の存在に重圧を感じていたヴレイにとって彼の元に引き戻されることは、悔しさより屈辱的な感情の方が強かった。
「第一艦隊艦長候補生兼ねディウアースパイロットに任命する」
平然と言い放った言葉をヴレイが理解できていないまま、総司令は続きを言った。
「始めは三週間交代で各部の研修を行い、その後艦長候補生として訓練を経た後正式な艦長として任命される。尚お前には講師を付ける、何故か分るな。学校教育が足りないからだ。最低限の単位はとってもらう」
「訊いてもいいですか、何故俺が艦長なんか、訓練校にも行ったことないのに」
剣呑な面持ちでヴレイは総司令を凝視した。
「お前は覚えていないだろうが、戦艦システムのコアとなるダグデータを幼児期のお前にプログラミングさせた。お前の持っている能力は潜在能力の域を超えている、だから社会で生きていく術を基盤に植え込んだ。余計なことだと思うだろうがお前にそうしたことをあいつも後悔はしていない。それを知った上で入隊するか否か、今決めろ」
驚愕でもあったが漠然としすぎていた。
決めろと言われても断る動機もなかったヴレイは必然的に受け入れるしかなかった。
「必要なものはすべて寮に運ばせる。何か質問は」
唾で喉をうるおし、唇を舐めてから口を開いた。
「断る理由はありません、でも条件があります」
数秒してから父親の眼鏡が上を向いて、続きの言葉に耳を貸した。
「母さんと姉さんの仇を追わせてください」