緑茶麻悠の頭はてなな毎日

緑茶麻悠の頭はてなな毎日

緑茶の疑問、好奇心を書き綴る日常ブログ

web →http://www.steam-of-greentea.com/

所属事務所→
http://www.bites-inc.co.jp/

緑茶麻悠
映像作家・俳優・イラストレーター

京都出身

京都市立芸術大学卒業
ちょっと物や日常が不思議に見える時、そんな瞬間を大事にしながら旅の途中。


NEW!!

出演情報
NHK連続テレビ小説「ひよっこ」17週 99回、100回 AD役

短編映画「Wind Chime」

Web TOKYU PLAZA GINZA「HAPPY 'a la mode」

出演作
TV
2016
NHK 土曜ドラマ「逃げる女」1話 2話
2015
WOWOW 土曜オリジナルドラマ
連続ドラマW『5人のジュンコ』2話 4話 5話

2015
TV-CM
 「RIZAP/銀行で篇」
「RIZAP/さりげなく篇」

TV-CM「保険見直し本舗-西部劇篇/ギャング篇」

などなど

テーマ:

こんばんは。

監督作品の「wind chime」が

イメージフォーラム・フェスティバル2018

関西エクスペリメンタル新作展(京都特別プログラム)

で上映されます。

 

上映は8月23日の19時

場所は京都芸術センターです。

私も会場に行く予定です。

前売りチケットを持っていますのでもしご都合が合います方はご連絡いただけると幸いです。

 

ぜひぜひ遊びに来てください。

よろしくお願いします。

 

 

#windchime #京都芸術センター #イメージフォーラムフェスティバル2018

 

 


りょくまゆ

 


テーマ:

溶けかけた氷で滴っていたグラスの水滴がある。

私はその水滴が机に残っているのを見ているだけ。

 

セミがジリジリとないている。

泣いているのか笑っているのか。

 

その音を聞きながら漠然と飲み干したはずのアイスコーヒーを見ると

グラスは満たされ

もう一杯コーヒーが注がれていた。

 

そこには確かに一瞬の何もない時間があった。

その一瞬で私はまたコーヒーを淹れたらしい。

でもそのことすら煙にまかれた出来事のように不確かだ。

 

一度間違えて書いた文章を消してしまい、一息入れて気持ちを切り替えた。

直後の感情を一言で言い表すと

『無』である。

今その感情があるが、数分前はそうではなかった。

瑞々しい文章がそこにはあったから。

 

でもそんなことはもうどうでもいい。

 

新しく引っ越した家はあまりにも静かすぎて、古い木の匂いを嗅ぎながら

窓の外の向こうの木が風に揺れているのを見るのが日常になりつつある。

 

毎日買ったばかりのソフトクリームがいつの間にか溶けてしまうように、この暑い暑い夏もいつのまにか溶けてしまうね。

こんなに夏って暑かったかしら。

自分がもしソフトクリームだとしたらこんな溶け方は嫌だと思う。

 

その毎日は記憶となり、不完全なまま変形していく。だから暑かったことも忘れ去る。

その点、iphoneで撮った写真や動画はあまりにも鮮明で、冷静に記録として残り続ける。

 

(冷静すぎて、でも鈍感すぎて・・・。ああ、頼むから。自分は自分で居させてくれ。その自分が時折よくわからなくなるけど。ただただ影響を受けたく無い時があるんだ。)

 

不完全なままが心地いい時だってある。

いつまでも悩める自分がいる。

悩みは無駄だって思うけど、悩みでは無いのかもしれない、ただの好奇心かも。

 

それらの考えをうまく形にあらわせない『もやもや』が私の90%を形成しているとしてさえも、

その状態を好んでいようと思える。その理由はわからない。それを探している。

 

この部屋で一人でいると、世の中で起きている事実がまるで虚無のよう。

それは離島に取り残されたように、孤独で、別の世界で生きているようだが、こちらの方が自分にとっては真実だ。

 

そんな時に本を読む。

いつも直感で本を買って、一番最初の文章で心を奪われてしまう。

気が付いたら女性の作家のエッセイをよく読んでいて、出会ったこともないのに、まるで心の友達になったような気がして、勝手に嬉しくなる。

客観的に自分を見るとけっこう寂しい子だなって思う。

 

ああ、どうしてもさっき書いた文章の方が自分は好きだけれど、全く同じことを書くのはもう嘘になる。

できるだけこのブログは自分の心とシンクロしていたいから。

 

話は変わって、最近時々子供アトリエで働いている。小学生っていいよね。夏休みっていいよね。

日に焼けたみんな、可愛い。

夏休みの自由研究に悩んでいるの?心の底から「なんて楽しめる宿題なんだ!楽しんで!」と思っている。

 

この夏私はそんな小学生と同じような格好をしている。タンクトップに短パンに麦わら帽子。おしゃれなんてどこへやら。そんなことより快適でいたい。

でもすごく可愛いおしゃれな女子を見ると、たまにものすごく恥ずかしくなる。

自分だけ同じ次元に居ないような気がする。

自分の存在もよくわからなくなる。自信も勿論無い。

でもひとつだけ自信があるとしたら、私はいつでも小学生に戻れるってことだ。

 

まわりとの付き合いもイベントもひたすら顔がだせず、胸が痛むが、ただ、これが今の私の精一杯なんだと、自分に言い聞かせる。

 

懐疑心が募ってルネ・デカルトみたいになったと思ったら、人のいいアンパンマンみたいになってすぐに弱る。

 

常に矛盾と共存しているけど、なるべく心は透明な水のように保っていたい。

淀むとすぐに枯れてしまうから。

 

どう在ろうと、静かにセミは私に語り続ける。

なんて言っているかは、まだわからないけど。

 

Photo by Hikaru Otake

 

りょくまゆ

 

 

 

 

 

 

 


テーマ:

唐突だけど、夢を見たくて寝ることがあるし、夢って途中で気づくことは多い。でもその中で空を飛ぶ夢を見るときは、よく飛ぶ練習をしている。あと、美味しい食べ物が出てきて、食べてる時にこれ以上食べたら太るなって思いながら食べてると、あ、これ夢だってわかって、いくらでも食べれる幸せを噛みしめることがある。(めっちゃどうでもいいね。)

 

最近、いろんな人に連絡をとる必要があるんだけど、なかなかマメに取れていなくって、反省してる。

ここ数日は、友人関係の作品作りをしていて、一人で撮影とか演出とか諸々やっていたが、久々の充実感があった。作るのは楽しい。

あとは某説明会に行って、未来のことを考えたり、お世話になってる人の撮影のお手伝いに行ったり、絵の整理をしたり、習い事に行ったり、仕事したり、従兄弟にあったり、布を買ったり、ミシンを使ったり、観葉植物を購入したりしたけど、土と肥料を間違えたり、植木鉢を探すことにときめいたり、やるべきことが日々溜まっていたり、いきなり大掃除をしたり、ある程度映画を観たり、手作りレモンウォーターにハマったり。ああNYに行きたいなと考えたり。

 

雨の音が心地よいと感じる夜、

道路に輝く光は、富山で見た道路の方が綺麗だったかもしれない。

でも東京だって割といいなと思ったり。

「たり。」ってなんかいいな。

 

1日の頭の中の大半は、歩きながら植物を見ていて、家の中にある植物の最適な場所のことを考えたり、食べ物のことを考えたり、頭のどっかに忘れてはいけないことを思い出しながら歩いている。その中にはもちろん仕事のことや様々な人たちのこと。作品のこと。故郷のことなどが断片的に。

 

思い出す。そして忘れる。思い出す。の繰り返し。いろんな仕事をかけもちしているから、断片的に人の顔が次から次に浮かぶ。

そんな中、頭の中を入れ替わり立ち替わり出没する様々な人のうちの一人、久々に出会いたいなって思ってた人と

ばったり道で遭遇したけど、肝心なことは聞けずに終わった。

でもいつも知人にはばったり出くわしがちなことに不思議さを感じつつ、そういうことを人に話すと変わった子だと思われるから話20%にしておきなって言われたことも思い出す。

 

あぁ梅雨だから、なんだか頭がぼんやりしてしまうんだけど、久々に梅雨っぽいんだな。

 

未来のことと過去のことがぐるぐると頭をかけめぐって、自分なりに考えを絞り出そうとしたり、答えを出そうと本能的にしてしまう。でもそれは日々、変わり続ける。

そんな毎日を繰り返しながらも、確信めいたものに気がついた時、心が炎で燃えたぎるような一瞬がある。(ああこんな時、詩人だったらなんと言うんだろう)

 

結局、毎日、答えは出ず、そんな空想めいたものと現実を行き来しながら、夢を見たり見なかったりしながら、ふわーっと、ぼやーっと、コンタクトを取りたいのだろう。たぶん、私の頭の中に浮かぶ人たちと。浮かばなくても、いつか出会える人たちとも。

 

また意味不明な文章になってしまった。

勉強します。

 

りょくまゆ

 


テーマ:

タイトルとは関係ないけれど、昨日、初めてNYで自分の作った短編映画が上映された。うまくいっただろうか・・・。

 

NYで上映が決まった時、1か月後には自分はNYに居るかもしれないというイメージが膨らんで、心が踊った。でもそれと同時に何の準備もできていいないことに気がついた。日本から無事上映が終わったことを願っている。時差とかあまりよくわからないから向こうが今何時なのかわからないけど。

 

詳細はここです。

http://nyjcf.com/2018-jpn/

 

そう、準備ってすごく大事なんだな。と思うことがここ最近多い。

急にバタバタと取り掛かってもある程度のところまでしか出来ない。だったらやっておけばいい。というのが最近ようやく実感できているところ。

ではどうして出来ないのか、後回しにするのか。それについて考えた時に、

「私はどうして甘いものが食べたくなるのだろうか。」という疑問にたどり着いた。

私は痩せたいという願望がある。でもそれは願望で終わっていないだろうか。甘いものが目の前にある。食べたいという願望はすぐに叶う。私は食べる。

でも痩せたいという願望は消えてなくなってしまったのだろうか。

今まで簡単な願望に飲み込まれて、本当の願望はどこへいってしまったんだろうということ、そんなことに気がつけずにいたし、簡単な願望という小さな悪魔の囁きにいっつも負けてしまう。

でもそれはそれで本当に幸せなことで、自分が心から満足できる選択をしたと思えば、それでもいいとも思う。

 

かなり、選択をすることが増えてきて、自分の今後の制作について諸々視野に入れて動いていたのだけれど、一つ選ぶ、ということは他の何かを我慢しなくてはいけなくて。同時に色々やることもできるけど、どうしても出来ないこともたくさんあって。一つ一つの選択が結局、自分は何者になりたいのか?ていうのを問われているような気がする。1年後どうしていたいのか、5年後、どうなっているのかを考えたときに、今これを選択するべきなのか、どうかってのが頭のいい人にはわかるのかもしれないけど、何だかギャンブルみたいで。

 

ああ、もう選択の話をすると果てが見えない。

 

でもギャンブルについてちょっとメモしておきたいことがある。

実は、この間、生まれて初めて、競艇に行ってきた。

ベテランの方に連れていってもらったというのが正解だけど、ついたときの匂いや人達、建物、中に入るときゲート。全てが新鮮で、ノスタルジックでやられた。まず、入るのに100円しかいらないことがときめいた。ディズニーより楽しいじゃあないか!!

 

私は1000円しか使わないと決めて、11レース挑戦してみた。

結果、3連単を2回当て、3連複を2回当て、1単を1回当てるという結果に終わり、3000円ほどもらいました。記念に買った券を持って帰りたかったけど、現金に交換したら領収書みたいには手元に残りませんでしたぁ。

 

その時に思ったことは、読みの当たる確率が、40%~50%くらいなのかな、ということ。単なる確率だけど、ど素人の私が過去のレース、選手の情報、その時のコンディション、その場の人の当てるためにしている動き、話し声などをいろんな方向から観察して考えて、その日に出した選択は惜しかったり、当たったりして、間違えても、惜しいなってことが近いってことはいい線までは読めるってことで、それって人生でもそうなのかなって思った。

 

オーディションでもそう、その時に選んだことが全ての結果になる。制作でもそう、今決めたことが重要な要素になる。

その選択も確率も、選択肢があればあるほど複雑で、でも一つ一つはいたってシンプルなんだなぁと。

 

昔から人のことをよく当てるというか、自分のことはさておきそれ以外は割と冷静に見れるタイプであると思うから、もっともっと自分のことも冷静に見るべきだなぁと再確認した今日この頃でした。

 

と、まとめようとして結局はあんまりまとまってないけど、まとめようと思って最初から書いてやしないから、いっかってことと、あーやっぱり甘いものがどうしても食べたい。っていうことです。でも私は痩せますよ、きっと。

 

 

りょくまゆ

 

 

 


テーマ:

このブログ自体を始めようと思った理由はなんだったっけと考えていて、

ふと思い出した。

いつも不思議なことで考え込んでしまうのでその考え込んでしまう癖を少しでも楽にしようという試みからだった。

だから頭はてなな毎日というタイトルをつけた。

 

小さい頃は目に見えるもの全てが不思議で、(今も不思議だけど)発見するのが楽しかったりした。

でもスマホに変えてからはスマホから離れるという意識を持たないと日々のきらめきをうっかり逃してしまいそうになっていた。

いつも無意識的に見ているもの、例えば電車に乗る前に考えることはなんだろうって考えていた。

そしたら昨日少し発見があった。

 

それに気がついたのは、駅員さんが持っていた緑の透き通るような綺麗な発光を見た時だった。

その色を見ていると、他の色と空間で結びつけたくなる衝動にかられた。

とても映像的に記憶できていて、細部まで思い出せる。エメラルドグリーンのようだった。宝石のようで、触れてみたいと思った。

そして次に気になったのは電車の側面にひかれているラインだった。それはくすみがかった草色みたいな色をしていた。

それから家に帰るまで、たくさんの色や形を見つけた。好きなものは山ほどあった。そして嫌いなものの方が多かった。

 

しばらく空間を泳いでみて、勝手にストックしていったら、割と常に頭の中で絵を描いているということがわかった。きっと無意識的にそんなことをよくやっていたけど、そのことをあまり考えたことはなかった。

そのことが当たり前になっていて、別にだれかに伝えることもなく、その絵を本当に描くこともないので、全ては記憶の中だけに存在している。私の宝物だ。

そのことをついつい忘れて、何か面白いことってないかなって探してしまうとそういう時にはあまり見つからない。

そして不安になって、面白いものを見つけられなくなったんじゃないかと考えてもしょうがないことを考えてしまう。もっと空間に身を委ねればいいのに。

あー考えるって不思議だ。予測不能だ。

 

よくやってしまうのは他のことを考えていて電車を降りそびれたり、乗り馴れていない電車に乗ると、反対方向へ行ってしまったり、間違えて急行に乗って、目的地を通りすぎたりしてしまうこと。

なんとか東京にも慣れてきて、もうそんなことは少なくなったけど、こないだそれをしてしまった。

その時は熱心に一つのことを考えていた。そしたら自分の居る空間からすごく離れてしまった。

 

今でも脳と身体と心の関係は不思議で、未だにに自分のこともわからないことばかりだ。

どうしても気になることがあると、物の本質みたいなのを知りたくなってそのことばっかり考えてしまうし、掴みきれないと頭の中がグレーになっていく。なんて説明すればいいかな。あまり具体的ではなくって心地が悪い。

絵にすると細かい線と大きな物体と形のない雲みたいなもので漂っているような感じ。

 

それに色をつけたくてしっかりと形を見極めたくて、作りたくて、情報をキャッチしてるのかもしれない。でも情報が多すぎて、掴みすぎる私は蓋をしてしまわないととてもしんどくなってしまい、パニックになってしまう。

そのコントロールが難しい。

東京に住んで、色々と環境が変わったけど、いつまでもきらめきを見つけることや楽しむことを忘れずに居たい。京都で暮らしていた時のほがらかでゆったりとした時間を思い出しつつ。

 

漂うグレーなものがクリアになる瞬間はたまにある。その時、心から嬉しくて、勝手に涙が出てきてしまう。

その瞬間を見逃さずにいたい。

 

いつもの帰り道のちょっとした風景をもう一度面白かったと確認したい時は

何度もその風景に戻れるきっかけをどこかに残しておこうと、そう思った。

 

 

 

りょくまゆ

 

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