間に合わない(涙)

テーマ:

去就が体制発表記者会見直前に出たので、間に合わなくなってしまいました。不本意ではありますがまとめてでゴメンナサイ。

 

櫛引選手契約終了(2018から山形)

彼にとって、鹿島移籍は間違いなく、大きなチャレンジだったと思います。どうしてリオ五輪のタイミングで?と思いましたが、以降五輪でも鹿島でも悔しい思いしかなかったと思います。岡山でも悔しさなかったと思うんです。お子さんが生まれてから本当に立ち居振る舞いも変化し、期待していただけに、この悔しさをバネに山形で頑張って欲しいです。

 

瀬沼優司選手完全移籍(2018から山形)

えっ?放出しちゃうの?と少しびっくりしました。長谷部誠選手の次に整ってるんじゃないか?と思うほど「良心」の塊。どこまでも丁寧な選手です。てっきりクラブとして成長させるためなんだと思っていました。きっとこれまでもそうだったように所属先を盛り上げていくと思います。今の時代、彼のようにじっくり育てたらチームの柱になりそうな選手の成長を待てないクラブが増えているのは非常に残念です。

 

高木純平選手クラブスタッフへ

彼とはこれからも続くのでひとこと。お疲れ様でした。そしておかえりなさい。

 

碓井健平選手完全移籍(沖縄)

いつもエスパルスを気にかけて、よく来ていたし、私がサポートさせていただいたことがある製菓業の経営者さんとおつきあいしていたりして、本当にサッカー以外でもポジティブで素敵な人柄だったなと思います。キーパーは本当に難しい。長くゴールマウスに君臨することができるのはごくごく一部でしかないですから。でも何処に行っても彼なら大丈夫と思います。様々な出会いや縁を大切にしていけると思います。

 

福村貴幸選手完全移籍(岐阜)

個人的には変な意味じゃなく、選手としてすごく好きなタイプのポジティブでちょっとやんちゃな性格で、頑張る選手なので、何処でも大丈夫。とにかく馴染むの早すぎない?って思うぐらいエスパルスに来てあっという間に楽しそうにしていたのが印象的でした。この先の活躍も期待しています。

 

ビョン ジュンホン選手完全移籍(甲府)

あっという間にいなくなってしまったし、行った先でも辛かったと思います。チェジュ島生まれで私の中では海のイメージでした。甲府で輝いて欲しいです。

 

キムボムヨン選手完全移籍(水原FC)

彼もあっという間にいなくなってしまった。いつも笑顔で素敵なキャラクターで癒やされました。広島から移籍してきた選手がすぐにいなくなってしまうので、このイメージが続かなければいいなと思いました。母国では初めてのプロ生活。活躍をお祈りします!

 

枝村匠馬選手期限付移籍(福岡)

戦力として彼が抜けることをリアルに心配しています。それはそれとして、時代が違うのかもしれないし、仕方がないのかもしれないけれど、枝村選手のようなキャラクターの選手も受け止めて活躍させられるのが清水なんじゃないか?って思います。犬飼智也選手や杉山浩太さんがいなくなるタイミングでの移籍は寂しい。

 

犬飼選手鹿島へ

テーマ:
奇しくも、市川大祐選手の引退試合で、鹿島の選手たちがプレーしているのを見て、悔しいという気持ち抜きに見れた結果、鹿島はいいクラブなんだ。だから、犬飼選手が行ってチャレンジしたい気持ちもわかる。プロだもの…と思えました。

今のエスパルスから鹿島へ行くなら、キャリアアップだもの。

ここは犬飼選手を頑張れ!と送り出すのがオトナなんだと、言い聞かせました。

ゼロ円移籍ではないところは、彼を鹿島がどうしても必要だとみなしたということ。

反町監督に育てられた感もあるけれど、生え抜きのエスパルス選手が、住みなれた我がクラブから出て羽ばたこうとしてるので、目一杯のエールを送ります。

出て行くからには、代表選手からレギュラー奪って、代表になって、引退間際でもいいから帰ってきてね!

エスパルスを愛してくれていたのは知ってる。振り向かず、勝負してこい!
今はもう、ありがとうございました。という言葉しか思い浮かびません。

大学生でライターを始めた私が、静岡ゴールという雑誌で、初めて大会レポートではなく、人ものを書いたのが、小学5年生の浩太選手でした。静岡FCで、朝日テレビさん主宰のフットサル大会でした。

あの時、ユニフォームやビブスが肩からずり落ちるほど小柄だった浩太選手が、とんでもなく上手くて、鳥肌が立ちました。

声をかけたら「名前を覚えておいた方がいいよ。オレ有名になるから」と言われ、まだプロ選手へ取材したことがなかった私は「君がプロ選手になる頃には表紙に乗るような選手を取材できるようになっておくね」と言ってしまいました。

まだ、大学生になりたてで、将来について考えてない時期です。その時漠然と新聞記者になりたいと思いました。だから、浩太選手に出会ってなかったら、今の私はいないと思います。

大学を出て2年毎日新聞静岡支局にいましたが、私が思っていたところではありませんでした。

その間も新聞社は執筆系の副業OKなので、スポーツライターをしていて、2年経過した時に、1年我慢して全国採用の記者として生きるのではなく、フリーランスで生きていくことを決めました。

新聞社を辞めてすぐエスパルスからチームの媒体でお仕事しないかと誘われ、そこからは、先輩の大場さんがオフィシャルのお仕事を辞めてしまったことから、全部の媒体をやらなければならずただただ必死でした。

やっと、いろいろな仕事に慣れてきたころに浩太選手がトップに昇格してきたときは、鳥肌が立ちました。ジュニアユースもユースも取材してきましたが、本当にあの日、あの時の、あの子がプロになったんだと。

プロになって最初の巻頭原稿は様々な事情があり、浩太選手の意思を全て汲んで、指示された内容ではないものを、クビを覚悟で出しました。悩んで、苦しんで、泣きながら書いたのを覚えています。

でも、結果的にクラブも読者のみなさんも汲み取ってくれ、浩太選手も喜んでくれました。事情と真実、そして想いを伝えること、その時ライターとして何かが変わった気がしました。

実はもっと早くライターを辞めていると思っていたのでまさか、浩太選手の引退原稿をかかせていただいているとは思いませんでした。


 彼からはライターとしていろんな葛藤と、宿題をもらいました。でも、例え自分が責められようが、書かない勇気というものは、20年以上ライターをしていて、事実だからと書かれてしまい、ものすごい痛手や、不利益を得た選手をたくさん見てきたので、持てて良かったなと思います。

浩太選手のおかげで選手に不利益を与えず、サポーターの皆さんが応援したいと思ってもらえる話をたくさん書いていこうと思えたから、ここまで長く続けられたのだと思います。そして、エスパルスをずっと好きでいられるように、今のワークバランスに落ち着いたのだと思います。

引退を発表したとき、たくさんの選手が浩太選手への想いを語っていたのを見て、涙が止まりませんでした。ホーム最終戦の浩太選手の涙を見たときも。

私の場合、ライターのキャリア年数=浩太選手と出会ってからの年数です。だいぶ年下なはずですが、本当に心から尊敬しています。

ここから、エスパルスが大好きって思えるエスパルスになる日まで、浩太選手はまだまだ戦っていくのだと思います。

これからも杉山浩太さんを応援お願いします。「さん」て敬称になかなか慣れない。笑
一報を聞いた時、今シーズンの切ない思いをした選手の一人だなと改めて思いました。

下から這い上がって来たから強いのかもしれません。どんな厳しいことも、弱音を吐くことは皆無で、えっ?右サイドバック?と思った時も、難しかったと言うぐらい。

本当はこんなに淡々とベストを尽くしてくれる選手はいないのになといつも思いました。

ネタとして語られることは多かったですが、走ったり、筋トレしたり、本当にストイックで、河井選手が引くほどバキバキの筋肉だったと証言してくれたことが。印象に残っています。

まだ、28歳。村松選手なら何処でも通用します。クラブが探した移籍先ではないクラブとのご縁を求めたのだと思います。

新天地で暴れて欲しい!
河井選手との対談ばかりしていたイメージですが、いつも丁寧に応じてくださり。ありがとうございました。


小林監督

まず1年でエスパルスをJ1へ導いてくださったことに、心から感謝しています。

ゴトビ監督以降、監督の インタビューを担当しなくなりましたので、偉そうなことは言えませんが、とにかく、全てを伝えよう、余すことなく把握しようとされているのはとても伝わって来ました。温情派というか、選手のやる気を汲んでくれ、熱い選手が好きな監督だと感じました。

質問への答えがかなり丁寧なのは、全部伝えようという気持ちの表れだと思います。

成績は監督だけの責任ではありません。選手やフロント、とりまくメデイアも何らかの影響は与えていると思います。様々なことが重なったにせよ、シーズン終盤に全員が残留を目指して一つになるまでに時間がかかったのが残念です。そして、監督がずっと言い続けていた駆け引きの部分がうまく表現できませんでした。こと守備において、ボールに行く選手以外の後ろの選手がその動きにあまり反応していなかったのが見ていてハラハラしました。

J昇格請け負い人として高い評価を得る小林監督にとって、その先の飛躍は、セレッソ時代の実績を上回ることだと思います。それがエスパルスならできるとおっしゃってくださっていました。残留させてもらえて、今はそのことだけで、ホッとしていますし、このようなタイミングで発表になったことはとても切ないです。

エスパルスが目指すべきは、残留ではありませんので、別れを決めたんだと思います。次の監督が早く見つかりますように。

明日

残り3試合

泣いても笑ってもなんて使い古された枕言葉は使いたくない。

ホームでずっと勝ててないなんて、大きなお世話。

我慢、我慢。言い聞かせて、勝点1を前向きに受け止め、次へ意識を向けようと頑張ってきた。

エスパルスはJ1にいなきゃいけないクラブなのに、いるべき存在なのに、こんなにもJ1で戦うのは難しいのか?と思い知らされてきた。

去年苦しかった中でも、楽しめたのはひとつになれたから。

だから、壊しちゃいけない、こんな時だから、ひとつにならなくちゃって、ひとりひとりが頑張ってきたんだと思う。

その1年の見返りとして、間違ってなかった。J1にいていいよって、言ってもらえるのはアイスタがいい。

アイスタでホッとしたい。

この2試合で決めよう。

必ず、J1残留を。

※日曜日から海外取材へ。元エスパルスの選手だった方の連載が始まります!

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発酵を学びませんか?

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サッカーの取材をしながら、小さい頃からお料理が好きだった事から、商品開発や店舗開発、広告スタイリングをするようになり、日本古来の発酵食品を今の時代に合う形で残せないかと思うようになりました。

 
現在白瀬はライターをしながら、発酵ライフアドバイザープロフェッショナルとして活動を始めています。
 
県内でも、腸内環境を整えて健康寿命を長くしよう!と人生の大先輩に向けお話をさせていただいたり、味噌ポタージュスープをご提案したりしています。
 
発酵の世界は近年になってようやく解明されたばかり。
 
少しでもわかりやすく、簡単に、そして継続可能な方法でご提案します!
 
この写真は赤蕪の甘酢漬。今年漬けた信州の料理家横山先生の砂糖、塩、酢で漬ける「さしす梅」の 漬けた液を取っておいて、ざらめを足してお漬物にしました。
 
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先日、ブルーボトルコーヒー等の店舗を手がける長坂常さんが店内内装を作る五反田のアート酒場のレセプションでも発酵を活かしたお料理をご提案しました。
 
日本古来の発酵は独特で、旨みがたっぷり。忙しい毎日の中で、無理なく続けられ、身体にも優しい発酵生活をご提案します。

発酵ライフ推進協会のHPができました

https://www.hakkolife.com/

 リンク貼りました!

   ↓

 

資格取得講座が来年から始まります。ご紹介割引がありますので、メッセージより白瀬までご連絡ください。

 

 

終盤戦

テーマ:

あっという間に毎日が過ぎていく今日この頃。

 

気がつけば、J1リーグも終盤戦。

 

シーズン中盤は中位だったため、少し気持ち的に余裕でいられましたが、ここにきて、一昨年のシーズン、そして昨シーズン終盤の追い詰められた状況での戦いがフラッシュバックしました。

 

戦いの前に武田神社へ行ったら、エスパルスサポーターさんの方々がたくさん。みなさんの気持ちが届いた1勝だったと思います。

 

最近、シジマールさんに取材させていただくことができました。まだ彼がエスパルスに在籍していた当初は学生ライターで、試合取材へは入れてもらっていませんでした。当時は遠かったピッチが目の前にあって、選手に直接質問をすることができるのは、すごく幸せなことなんだなと改めて思いました。当時、どうして?と思ったことをたくさん聞けました。今は川島選手が海外でプレーしています。キーパーに外国人枠を使うことがどれほど大変なことなのか、そしてエメルソンレオンさんとのご縁。来日秘話、すごく印象深いものでした。

 

今月下旬発売になるエスパルスニュースで綴りますので、よかったらご覧ください。

 

 

素敵な今

昨夜エスパルスは25周年マッチでした。

25年前の7月4日。清水エスパルスは長居で、ガンバ大阪と初の対外試合をしました。

25年経った初の試合がガンバ。しかも相手の監督は長谷川健太さんで、長澤選手、藤本選手、三浦選手、児玉コーチがいます。

そして。その会場には三都主アレサンドロさんがいて、斎藤俊秀さんがいて、市川大祐さんがいて、三渡洲アデミールさんがいて…安本元社長も。

一緒に歩んだ年月の長さと、楽しい思い出の数々に、感謝が湧きました。

苦い思い出も、なんもなかったことから始まったエスパルスの25年も、今は全てがキラキラしていて、笑顔で振り返ることができます。

それは、きっとみんなが前を向いて歩いて来たから。

昨日のエスパルスはガンバに勝ったことで大きな壁を超えた気がしました。


竹内涼選手がマッチデープログラムのインタビューで言っていました。

「長く続く歴史の一時期を選手としてプレーさせついただけているだけでありがたいと思いますし、すごく幸せなこと」と。

そして、OBの永島昭浩さんは「この試合がエスパルスのターニングポイントとなる試合であるように祈っております」とエールをくださいました。

いろいろありながらも、多くのみなさんが温かいエールをくださる事実をしっかり受け止めてつかんだ勝利。今後につなげたい。そう思いました。

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エスパルスニュース

テーマ:

そろそろみなさまのお宅へエスパルスニュースが届く頃と思います。

 

今月号から市川大祐さんの連載が始まりました。初回はエスパルスを移籍した後から引退までのストーリーをおいかけています。移籍してからも温かく応援してきた方には知っている内容ばかりかもしれませんが、お時間のあるときにでも読んでいただけたら幸いです。

 

今月は巻頭特集も担当させていただきました。六平光成選手について書いています。エスパルスにとって大切な背番号7を引き継いだ六平選手。そのポリシーや想い、そして伊東選手と少しオーバーラップさせてみています。

 

対談は…犬飼智也選手と立田悠悟選手です。犬飼選手の温かさが滲み出ています。ちゃんと選手としてもリスペクトしつつ、サポートする姿。ほっこりする対談でした。

 

選手はピッチに立つ者もそうでない者も、日々懸命に戦っています。取材はその気持ち、理由にフォーカスしています。信頼をエネルギーにして戦うのがサッカーです。次節は勝てますように。