私の成長にを語る上で忘れてはならない人がいます。
それは小学3,4年のときの担任のトシヤ先生。
どんな先生かというと・・・

いつも黒いサングラスをかけている。
いつもタバコを吸いながら授業をする。
いつも竹の棒を持っていて、答えがわからないと叩かれる。
水泳で見学しているとプールに投げ込まれる。
etc・・・

でもね、たぶんみんな、この先生のことが大好きだったと思う。
私も大好きでした。
他のクラスの子達はとても怖がっていましたよ。担任にならないと
わからないんだろうなぁ・・・と思います。

休み時間になると先生の周りには人が集まって、
ジャンケンゲームをしていました。勝ったら先生にシッペができる。
(もちろん負けたらシッペされるんだけど)

オリンピックの時は授業をやらずに、ずっとオリンピック鑑賞でした。
勉強している場合じゃないだろう、というような理由だったと思う。
このころ学校の教室にテレビなどない時代だったのだけど、
クラスの誰かの家が使わないテレビを寄付してくれたんだったと思います。
それ以降、給食もお昼の放送聞かずに(止めてた!)テレビ見てたなぁ。

社会の授業はいつも途中で脱線して、戦争の話になるの。
青春時代が戦争だったのです。悲惨な話も笑い話もしてくれました。
おかげで1年かけても教科書は半分も進んでなくて、
でも、まいったなぁ~って、そのまま終わったような・・・

算数では途中で問題を出して、それが解けた人から外で遊んできていい
ということがよくありました。

保護者の人達から文句があったり、問題になったりはしていなかった
ようでした・・・(と、思いたい)
他の先生方からは煙たがられていたみたいだけどね。

きっと今の時代では絶対ありえない先生でしょうね。

他にも、クラス1人1人の名前について、両親がこんな想いでつけた
んではないか、って先生なりの名前の由来を言ったことがありました。
愛されて生まれて来たんだぞ、って教えたかったのかなぁ・・・
って思います。

4年が終わるときは、1人1人に向けての言葉を短冊に書いて
プレゼントしてくれました。1人1人皆違うの。

すごーーい怖かったけど、愛があって、おもしろくって
素敵な先生でした。

そんなトシヤ先生は5年の時にガンで亡くなりました。
今の時代の学校を見たらなんていうかなぁ・・・・
私はトシヤ先生から「型にはまらない自分らしい生き方」
を教えてもらったように思います。

私の短冊の言葉は「望みは大きく意欲をさらに燃やせ」
最近になってその言葉が心にしみます。。。

遅すぎっ!

私はいつか、この破天荒先生のことをシナリオに書きたいって
思ってるんです。