みかんの缶詰 -2ページ目

母と箱根へ

クラブツーリズムで、箱根へ

海老名サービスエリア


昼食は、風祭の鈴廣かまぼこの里で、

金目鯛ご飯とおでん


大涌谷の新施設。ちきゅうの谷


富士山は見えなかったけど、圧巻でした。


箱根ジオパークミュージアムも見学しました。


床がガラス張りの展望台は人気。


次に駒ヶ岳ロープウェイで山頂へ


晴れていれば、こんな景色みたいですが、


雲がかかり、気温も一桁で、早々に退散。




ロープウェイの乗務員のお姉さんによると、晴れて富士山が見える日は、年間100日あるかないかだそうです。

少し下ると雲の下になり、紅葉も綺麗でした。



箱根園


芦ノ湖

あいにくの雲が多い空でしたが、

小田原を抜けて、箱根新道に入ってからの車窓の紅葉は、色とりどりで、楽しめました。

糸魚川3日目 最終日

朝日が



糸魚川3日目、最終日です。


ルートインの朝食


最初に、月不見の池、昔の接待の場だそうで、藤の花が、湖面一面に広がり、月も映らないとか、諸説あります。


池を一周します


橋を二つ渡り、弁天様にお詣り


岩が崩れて、出来上がった池


熊がでるので、午前中に


神秘的な池


小立岩


を登って


見えた風景


ゴロゴロと、大きな岩が点在する、不思議な森でした。

熊に会わなくて良かった。


次はバスに乗って、フォッサマグナパークへ。

途中の、渡辺酒造前。

道路に赤い線。

糸魚川静岡構造線を表しているらしい


ブラタモリで、タモリさんが訪れた酒蔵

敷地の下を、糸静構造線が通っています。


構造線の東と西では、水質も違うそうで、西の井戸の水で、お酒を作っているそうです。


フォッサマグナパークでは、

最初に枕状溶岩を見学


マグマがゆっくり固まってできた

結晶化していない溶岩の断面。

角がない。


遊歩道を登ると、急速に固まって、結晶化した、柱状節理の溶岩の断面が見れます。

六角形などの角がとがっています。


さらに歩くと

構造線の地表を剥ぎ取った、

触れる標本がありました。

赤い印か構造線。東と西の境目。


この階段の下で、構造線の断面が見れます。



西は、大陸から分離してきた

ユーラシアプレート。

古くて、恐竜の化石などが発見される地層。

東は北米プレートと表示されていますが、西より新しい時代の地層です。

東と西の間には、断層がはしり、崩れやすい破砕帯となっています。

崖崩れで、あらわになっているので、

まわりは護岸工事されています。


ここから、先程バスから見た、

渡辺酒造さんへ、構造線がつながっています。手前の川でクランクしているそうです。



地面の白い点線の先に、渡辺酒造さんが見えます。


糸魚川市全体が。ユネスコから認定された、ジオパークです。


階段を戻り、さらに、遊歩道を進むと、

撮り鉄ポイントがあります。

大糸線のトンネルの上で待ちます。

午前と午後、1日2回だけ、大糸線が根知駅ですれ違います。

ちょうどその時間に合わせて、案内していただけました。


トンネルの出口の上にいます。


線路の先に根知駅が見えます。


踏切が、鳴り出して、足元から大糸線の松本行きが、出てきました。



根知駅に、糸魚川行きも到着


すれ違って出発。


糸魚川行きが近づいてきます。


大勢で見ていたので、運転手さんが、警笛をいつもよりサービスしてくれました。

子供の頃に何度も乗った、大糸線。

湖や、姫川沿いも走り、川を眺めるのが好きでした。


ここで遊歩道が終了。

熊に会わなくて良かった。


バスに乗って、寺地遺跡へ。


大きな柱が、狭い間隔で四本

この柱の周りには、敷石が広がっているそうです。



遺跡の向こうは、砂丘の頂点が見えて、その向こうは海です。

四本の柱は、物見櫓でしょうか?


寺地遺跡は、姫川を挟んで、長者ヶ原遺跡の対岸にあります。

小滝川で生まれたヒスイは、姫川に合流して、海に流されて、川の両岸の海岸に流れつきます。もちろん、姫川の河原でも見つかりますが、今は採石は、許可を得た業者だけです。


こちらも、ヒスイの加工をしていたようです。



バスで近くの青海海岸へ、


石拾いタイム 広い海岸




昼食は昨日と同じ、煌凛丸さん


食後は、越後国一宮とされる

天津神社、奴奈川神社へ

草に埋もれた、昔の参道?


鳥居は、明神系

神明系(天照大神系)ではない

この水路は、今でも海までつながっていて、北前船がそのまま入ってきたと考察されます。

この地で、ヒスイの商いをしていたようです。


昔このあたりは、沼川郷と呼ばれ、奴奈川姫が住んでいらして、大国主命と結ばれた地で、奴奈川神社があったそうです。


旧社務所



楽舎

舞楽の舞台と控室

4月10日の通称けんか祭りでは、この間に板が渡されて、二地区お神輿の戦いの後、おちご様が出てきて石舞台で踊られるそうです。


茅葺き屋根の拝殿


拝殿裏の天津神社御本殿


左隣の奴奈川神社御本殿

奴奈川姫の後に、大和国がこの地をおさめ、ヒスイの商いを始め、その時に、天照大神系の天津神社が作られたようです。


バスで移動して、能生海岸方面へ。

トットコ岩。鳥のくちばしが可愛い。

凝灰角礫岩


さらにバスで、浜徳合ジオサイト。

砂岩泥岩互層





この脆い層の上に、北陸自動車道が通っています。



地震で海底の土砂崩れが何度も起こり、先に砂が沈殿して、後から泥が沈殿し、一回の地震で二層ができ、それが積み重なったものが、隆起して、川で削られて露出しています。筒石駅の近くでも見れるみたいです。


バスで戻って、弁天岩へ。

海底火山の堆積物だそうです。





海の守り神、厳島神社









歩いてすぐの、白山神社へ

鳥居を写真撮り忘れましたが、明神系で、狛犬が大きくて、可愛かったです。



この池の上に板を渡し、舞楽を披露するそうです。後ろの石段は、観客席になるそうです。


ここも、茅葺き屋根の拝殿

お祭りの前は、参加する男性が、一週間中に籠って、お清めするそうです。

屋根の葺き替えに1500万円かかったとか


本殿

宝物殿も見せていただき、貴重な資料を見せていただきました。


糸魚川駅に戻ってきました。


在来線のホーム。

母の思い出の詰まった場所。


母が暮らした町側


地元のお土産を買った施設


はやぶさに乗って帰ります。

盛りだくさんな、充実旅でした。

天気にも恵まれ、母の話もたくさん聞けて、良かったです。




糸魚川2日目

糸魚川旅、2日目


ホテルの6階からの眺め

セメントの材料の、石灰岩を切り出され、削られた山肌があらわになった、黒姫山が右手に見えます。


ホテルの朝食バイキング


朝一は、ヒスイを生み出す、明星山を望む、絶景ポイントへ。

下に見えるのは、高浪の池



バスでさらに移動して、明星山南壁の真ん前へ。圧倒されました。


触れる石灰岩


この山から、小滝川にヒスイが落ちてくる



フェンスから、小滝川をのぞいていた、ツアー客仲間が、沢の対岸を歩く熊二頭を発見!

今から、私達が降りて行こうとしてる場所なのに、、、


小滝川ヒスイ峡駐車場に到着


川に降りるのは断念


駐車場からの眺め


川の水に触れたかったが、あきらめる


右端の大きな丸いのは違うけど、

あとの大きな石は全部ヒスイだそうです

今は採石禁止です。見るだけ。


明星山は奥行きがありました。

ここより上流に、ヒスイは存在しないそうです。


次に、高浪の池へ。

土砂崩れで、できた池です。

天気が良く、風もなく、湖面が鏡に



明星山が映る、絶景スポット




湖の周りを、一周しました。

団体行動で、熊に会わなくて良かった


白樺が美しい


今日と明日のバスは、雪国観光さん

カッコいい


昼ごはんは、糸魚川駅近くの煌凛丸さんで、海鮮丼をいただきました。

煮付けも美味しかった


さて、午後は、親不知のコミュニティロードからの、旧鉄道トンネル散策なのですが、、、

階段の多い道に、母が不安をつのらせ、

離脱届けを記入して、別行動にしてもらいました。


ヒスイ王国館 糸魚川観光物産センターで、ゆっくりとお土産を買い物して、

母の思い出散策に


高野写真館、まだ営業されてました

母が小学校の時、学校で賞をもらって、祖母と二人で記念写真を撮ってもらったそうです。


父が営業をしていたプラッシーのケースが懐かしくて、家に常にありました。


昨日行けなかった、相馬御風さんのお宅へ

宿場町なので、間口が狭くて、奥が長〜い



入場料100円


他に誰もいなくて、奥の蔵の中で、椅子に座ってDVDを20分鑑賞させていただきました。

わかりやすく、生涯が学べました。


お宅は、父や母の実家の作りに似ていて、懐かしく感じました。

子供の頃を思い出します。





どちらの実家にも、中庭ありました。


二階も見れます。




この後、本町通りへ

父も母も、実家はこの通り沿いで、商いをしていました。



子供の頃は、ガンギの道路側にも、引戸がありましたよ。

雪の降る量も減ったみたいです。

歩いて行くと、古い建物から、急に新しい街並みになります。

2016年の大火で、生まれ変わった場所です。

母の実家は、その時すでに転居済で、

今は駐車場になっていました。

父の実家は、少し離れた場所で、難を逃れました。


ここには、何があったとか、この店は昔のままだとか、ゆっくりと話を聞きながら歩きました。


そして、私が産まれた産院が、まだありました。

Googleマップには、閉業とありましたが、定かではありません。


隣の諏訪神社を、母は「おすわさん」と呼びます。


お祭りなどした、懐かしい場所だそうです。奴奈川姫が祀られていました。


神社から海へ抜ける道


子供の頃、石拾いに出かけた道です。

今はテトラポットで、海岸に降りれません。


父の実家へ行く手前にある、パン屋さん。

子供の頃、コッペパンにピーナッツバター?を塗ってもらった記憶があります。

パン、昔から好きだったから。


無事、日が沈むダイヤモンドホテルに戻ってきました。


夕食は、ホテルのレストランで、

私はすき焼き丼、母はハンバーグをいただきました。

大浴場にも入って、疲れを癒しました。