以前の記事で、カウンセリングの先生からの自立をはかろうとしていることを書きました。
でも、今日の夕方、仕事でミスをしてしまっていたことを発見し、その都度もう死んでしまいたいと思っている自分を知り、やはりカウンセリングに引き続き通わなきゃいけないのかなあ?と思っています。
しかも2年前にやったのとまったく同じミス。ただ関係する営業さんは私と大の仲良しさんなのが幸いだったけど・・・ハァ。
そんな気持ちのとき、なぜか“自殺した人のブログ”を探して読んでしまっている自分がいたりします。
どんないきさつで、どんな心境で事をすすめていったのかが知りたかったので。
だけどそんなのは限られているもので、実際は自死遺族の方が書かれたブログがそれよりはるかに多くあったりします。
その中で、あるブログを読みました。
それは現在進行中なのであえてタイトルやアドレスは伏せさせて頂きます。
自分のお子さんに自殺されて悔やんでいる親御さんのブログでした。
それはもう大事に育てた、現在は離れて住んでいる我が子が頑張りすぎて無理しすぎて“相手に全てを依存する”恋に落ちてしまい、捨てられて事に及んだという内容のものでした。
確かにお子さんはすごくかわいそうでした。哀れでした。
そしてお相手の方は実に非道なことをやってのけました。
私もたいがい今までひどい奴に会ってきましたが、その更に斜め上をいっていたので、会って殴ってぶちのめしてやりたいと強く思いました。
でも読んでいて思ったのは、そのブログの管理人。つまり親御さん。
考え方や行動の仕方が実にわが母に似ていました。
我が子を強く愛していたとはいうものの、どこか冷めた目でみているところが節々に感じられました。
後悔の念が強くて、押しつぶされそうで、逃げ出したかったり、少しでも前を向いて歩こうとしているのもあるからかもしれません。
これはたらればなんですが。
本当に子供を愛していたのなら、親としてもうちょっと強引に行動できなかったのかと思いました。
そして「私は子供をお堅く育てました」との自慢。
わが母もそうです。
「お堅く」育てることにより、彼らの人生における実体験やそこから知識を得るのを大いに妨げることだってあります。
名高き学校に入れて教育を受けさせること。
本当に子供の意思だったんでしょうか?
かなわなかった自分の意思を押し付けただけでは?と思ってしまいます。
親から自分の思い通りの愛情を受けられなかった子は、やがて他人に恋愛という名目での依存を求めることになります。
お互いを助け合って愛する“恋愛”ではなくて、親から得られなかった愛情を相手に強く求めるのです。
私もかつてそういうところがありました。
この場合、残念ながら、お相手はそれを利用した。
この泥沼から抜け出すには、私のようにカウンセリングや心療内科に一刻も早く行って対策をとることでした。
但し、相性がいい医者もしくはカウンセラーに限ります。
この場合、ご本人も同じ行動をとったものの、応対した人が悪すぎました。
残念ながら亡くなってしまったこの人は、当人にとっては過保護に育てられて真面目で且つ弱かったこと。
またかかわった人たちや環境が劣悪すぎたゆえに、元々こういう運命だったのかもしれません。
私も最後に付き合った彼から未だに連絡をとろうとされています。
しかも現在、彼は既婚者。ロクなことがありません。
明らかに利用しようとしているだけでしょうが。
そうして私は精神的自立を目指して日々努力しているわけですが、今日の仕事のミスで死にたいほど悩んでいるようではまだまだなのかもしれません。
でも、私は死にたいくらい逃げ出したいと思っているようなので無理はしません。
頑張りません。
明日の状況をみて、またカウンセリングの先生に会いに行こうと思います。
」