釣りブームの次はパン作りです。


楽しい過ぎて、どうしよう。


作りたいパンがもりだくさん。


豆腐とオートミールとグラノーラのプチパン



明日の朝食パン



プチフランス

低糖質を気にして、大豆粉ミックス。

大豆粉は水分の吸収が悪くて固くなりがちだけど、研究して、程よい配合見つけた。
発酵時間も大事。

次はアンパンと焼きカレーパンを作りたい。




20代の時、あれは悪性リンパ腫になる直前だったと思う。

私は、地元の大きなスーパーの中に入っているパン屋でパン職人の端くれを、やっていた。

料理を作れる仕事に憧れて、社員の仕事を辞めて、居酒屋でバイトをしていた時に知り合った厨房の人が、元パン職人さんで、その人が居酒屋を辞めてパン屋さんに戻ったタイミングで、私の夢を知ったその人、Tさんに声を掛けて貰えて、パン屋さんでパンを作る事になった私。


厨房経験も無い私を面接一発で受かったのが不思議で、後からTさんに

「なんで私は受かったんですかね??」

と聞くと、

『店長、お前のコト、ドンピシャタイプなんだよ』

へ?!そんな理由で採用される世の中なん?!

でもラッキー!

まあ、何はともあれ私はパン職人の修行に入った訳だ。

なんにも出来ない素人丸出しの私は、揚げ場からスタートした。

カレーパン、棒状ドーナツ、あんドーナツ、色々なパンを揚げに揚げて揚げまくった。

店頭前で、カレーパン100個揚げて売った事もある。すっごい楽しかった記憶!

メロンパンの成形や、クリームパンの成形、食パンの焼きなど、少しずつ色んな仕事もお手伝いさせて貰えて、力仕事も多かったけれど、とにかく楽しかった。

スーパーの店舗内のお店だったから朝も6時半とか7時出勤だったので、それも良かった。

スタッフの人も良い人が多くて本当に本当に楽しかった。

が、病は、ゆっくりと私を蝕んでいった。

フーゾクや水商売の仕事を上がった後の仕事だったから、(その辺大変過ぎて記憶が曖昧)いわゆるカタギの仕事、自分のやりたいコトだったし、すっごく気持ちは充実していたのだが。

その頃から左足の膝のガンは、どんどん細胞を壊し、私の膝の皮膚を、どんどん腐らせていった。

8ヶ月くらいほっておいたと思う。

『なんか足が痛いんですよね〜』

喫煙ルームで、膝に広がる潰瘍を見せながらTさんに話すと、

「お前、、、病院行けよ!」

と何度も言われたが、私は病院へは行かなかった。

バイトだったので、休むと収入が減るから。

カタギの仕事に戻り、母が私の給料の管理をしていたのだが、パン屋は月に7万円くらいの収入で、実家暮らしだったのだが、5万円家賃で母に引かれていた。

(一人暮らしならその位家賃で掛かる、と母に言われて納得してた)

なので、仕事を休みたくなかったのだ。

すっごく楽しい環境だったし、本当に辞めたくなかったけど、足が痛みだして数ヶ月経った頃、ある日40度近い熱を出した。

それが1週間位続いて、Tさんに言われて、やっと病院へ行った。

皮膚科行って、形成外科行って、血液内科へ行き、やっとガンだと判明。

どうしてもっと早く来なかったと医者に言われたっけ。


そこから18年。

下っ端なりに、パン作りを見たり少し手伝ったりしていたのを体は覚えているのだろう。

この秋に、夫が買ってくれたオーブンをフルに活用したくて、ここ数日、パン作りにハマった。

パン屋さん巡りが大好きで、かなりパン屋に貢いでいるので、これ、作ったら、食費結構浮くんじゃない?と思って、You Tube先生に教えて貰いながら作ってみた。

ベーグル、シンプルな丸パン、カンパーニュ。

えー!楽しい!パン屋さんの楽しかった記憶が一気に蘇る。

美味しい物に目がない私は、しばらくパン作りにハマると思われる。

分量とか変えて、色んなパン作りにチャレンジだ。そして、夫に食べて貰いたい!

そうだ。私、パン屋さんで働いていた時、すっごく楽しかったんだった。

私の人生のテーマは

「夫と残りの人生を楽しむ」

なので、色んな事にチャレンジして、夫と楽しい人生を謳歌したいと思っている。















夫と早朝テニス




夫とギョーザ作り


今年の夏に海で泳ぐ事から始まり、すっかりスポーツをする事にハマった。
この秋は、毎週末、夫とテニスをする事にドハマリ。
私、膝も悪いし、こんなにスポーツをするなんて考えてなかった。
仕事をしている時は、夫と休みも合わず(合わせなかったんだけど私が)優先順位は常に仕事。
新婚3年は、完全に仕事に気持ちが行っていた。

あなたの好きな私が、こんなに好きな仕事なの、分かってくれるよね?と、当たり前に思っていた、とんでもない奥さんワタシ。

介護の仕事は大好きだ。
今、完全に仕事もお休みをしていて、主婦として生活していて思うのは、介護って特別何かをする事ではないなってコト。
日常に溢れている、人との関わりの延長だと感じる。
たまたま相手がお年寄りで、たまたま相手が認知症で、たまたま相手が車椅子で。

私がよく現場で言っていた
『スタッフに出来ない事は利用者さんにも出来ない』
『利用者さんに出来ない事はスタッフにも出来ない』
相手は同じ、人だから。

今の私が気付いたのは『その中に自分も入れてあげて』
自分に対して自分が出来ない事は人にも出来ないのだ。
これに気付いた事が今の収穫。

自分が居ないと、利用者さん達どうするの?!と思い込んでいた。
が、おばあちゃん達、人生の先輩たちは、いつも私の背中を押してくれてた。

今を楽しみなさい!あなたがやりたいと思った事をやりなさい。
若いんだから。
今しか出来ない事、たくさんあるわよ。
旦那を大事にしなさい。
私みたいに居なくなったら、寂しいわよ〜。
あなたは、私達以外の、もっと多くの人を助けられるんだから。

私は人に捧げる病気だから(笑)(人の役に立ちたい病)さじ加減、自分にも手をかけ愛情をかける事を学んでいる最中だ。
今、治療中。

いつだったか、沢山私に御言葉をくれた利用者さんが、看取りに入ったと連絡が来た。
不思議と私は、会いに行かなくていいや、と思った。
その方は、これから生きていく私に沢山の言葉を残してくれたから、そして私は、それをしっかり受け止めているから。

こうやって、想いって繋がっていくのだなと感じた。

私の家には沢山のおばあちゃん達の写真が飾ってある。
みんな笑っている写真。
毎日みんなに見守られて、今は夫と毎日笑顔で暮らしている。
イライラしてキッキしている私は居ない。

今の私がしている事は、インプットした物を整理している作業。
これをアウトプットする時が楽しみだ!

私の経験は私の物。誰にもとられない。
沢山の、おじいやんおばあやんから頂いた物を、私を通じて、これから出会う人に伝えられたらいいな。
これが私のしたい事。
身近な自分の周りに居る人を大事にしていけば、派生してそれは大きな幸せのかたまりになると思うから。
良い事も、悪い事も、全部糧にして今の私が居ます。

ダッサイ所もかっこ悪い所もたくさんあるけれど、それごと受け止めてくれてたおばあやんからおじいやんに沢山の感謝を込めて。
かっこ悪い所もボロボロになった所も今の私は愛される自信がある。

それを一番側で見てくれていた夫にたくさんたくさん愛してるを言いたいです。

そうです。結局ノロケです💖

#私の成長記録