20代の時、あれは悪性リンパ腫になる直前だったと思う。
私は、地元の大きなスーパーの中に入っているパン屋でパン職人の端くれを、やっていた。
料理を作れる仕事に憧れて、社員の仕事を辞めて、居酒屋でバイトをしていた時に知り合った厨房の人が、元パン職人さんで、その人が居酒屋を辞めてパン屋さんに戻ったタイミングで、私の夢を知ったその人、Tさんに声を掛けて貰えて、パン屋さんでパンを作る事になった私。
厨房経験も無い私を面接一発で受かったのが不思議で、後からTさんに
「なんで私は受かったんですかね??」
と聞くと、
『店長、お前のコト、ドンピシャタイプなんだよ』
へ?!そんな理由で採用される世の中なん?!
でもラッキー!
まあ、何はともあれ私はパン職人の修行に入った訳だ。
なんにも出来ない素人丸出しの私は、揚げ場からスタートした。
カレーパン、棒状ドーナツ、あんドーナツ、色々なパンを揚げに揚げて揚げまくった。
店頭前で、カレーパン100個揚げて売った事もある。すっごい楽しかった記憶!
メロンパンの成形や、クリームパンの成形、食パンの焼きなど、少しずつ色んな仕事もお手伝いさせて貰えて、力仕事も多かったけれど、とにかく楽しかった。
スーパーの店舗内のお店だったから朝も6時半とか7時出勤だったので、それも良かった。
スタッフの人も良い人が多くて本当に本当に楽しかった。
が、病は、ゆっくりと私を蝕んでいった。
フーゾクや水商売の仕事を上がった後の仕事だったから、(その辺大変過ぎて記憶が曖昧)いわゆるカタギの仕事、自分のやりたいコトだったし、すっごく気持ちは充実していたのだが。
その頃から左足の膝のガンは、どんどん細胞を壊し、私の膝の皮膚を、どんどん腐らせていった。
8ヶ月くらいほっておいたと思う。
『なんか足が痛いんですよね〜』
喫煙ルームで、膝に広がる潰瘍を見せながらTさんに話すと、
「お前、、、病院行けよ!」
と何度も言われたが、私は病院へは行かなかった。
バイトだったので、休むと収入が減るから。
カタギの仕事に戻り、母が私の給料の管理をしていたのだが、パン屋は月に7万円くらいの収入で、実家暮らしだったのだが、5万円家賃で母に引かれていた。
(一人暮らしならその位家賃で掛かる、と母に言われて納得してた)
なので、仕事を休みたくなかったのだ。
すっごく楽しい環境だったし、本当に辞めたくなかったけど、足が痛みだして数ヶ月経った頃、ある日40度近い熱を出した。
それが1週間位続いて、Tさんに言われて、やっと病院へ行った。
皮膚科行って、形成外科行って、血液内科へ行き、やっとガンだと判明。
どうしてもっと早く来なかったと医者に言われたっけ。
そこから18年。
下っ端なりに、パン作りを見たり少し手伝ったりしていたのを体は覚えているのだろう。
この秋に、夫が買ってくれたオーブンをフルに活用したくて、ここ数日、パン作りにハマった。
パン屋さん巡りが大好きで、かなりパン屋に貢いでいるので、これ、作ったら、食費結構浮くんじゃない?と思って、You Tube先生に教えて貰いながら作ってみた。
ベーグル、シンプルな丸パン、カンパーニュ。
えー!楽しい!パン屋さんの楽しかった記憶が一気に蘇る。
美味しい物に目がない私は、しばらくパン作りにハマると思われる。
分量とか変えて、色んなパン作りにチャレンジだ。そして、夫に食べて貰いたい!
そうだ。私、パン屋さんで働いていた時、すっごく楽しかったんだった。
私の人生のテーマは
「夫と残りの人生を楽しむ」
なので、色んな事にチャレンジして、夫と楽しい人生を謳歌したいと思っている。










