遠山麻繭の「結果オーライ☆」 -13ページ目

先日の2マンライブのお相手絹ごんとともに、久しぶりの夜映画!!☆
photo:01




"セッション(Whiplash)"を観てきました~!!
酷評酷評!!とか 爆笑爆笑!!
とか聞いてたけど、面白かった!

演奏がどうとか音楽的にどうかとかより、猟奇的な恋愛映画みたいな感じがした。男女のそれではなく。男性同士のでもなく。

なぜタイトルを原題から変えちゃったのかが解せぬところですが。



NYが舞台で、街並みとか、謎にいつも道から吹き出してる湯気とかさ、歌ったことのある駅とかさ、カーネギーホールとかさ、懐かしくて、頭の中で過去のいろんな音やシーンが再生されて眠れなくなっております(>_<)

映画にも出てくるカーネギーホールには一般公開してるプログラムがたくさんあり、妊婦さんのための、オリジナル子守唄作曲プログラムとか、子供が音の出るおもちゃとか楽器をいじれる部屋があって。

その部屋で子供が好きに遊んでると、プロのピアニストがその音に参加しだす、、すると遊んでた子供が、ビックリしたような、照れたような、誇らしげな表情になって、ちゃんと、"合奏" しだすことに、たまたま見てた私はやたら感動しまして。

3歳の姪も、最近私が歌ってると、ピアノを奪い、バンソウしてあげるの!!!といって弾いてくれるのですが、それが、すごくいい。もちろんてきとーな鍵盤を神妙な面持ちで触るだけだけど、ちゃんと、歌を聴いて、彼女の音楽を弾いてることにスッカリ参りました。音楽は、知って いくものではないんだなあという感じがして。


一見映画の中の世界観とは真逆のようだけど、実はそーでもないのかも。

最初の冬にジャズフェスで見たビッグバンドのあ最初の出音がビックリするほど揃ってなくて、度肝抜かれたことを思い出しました。えっ?えっ?パヒョオ…!!って言いましたけど!?大丈夫!??

でも、数小節で、それまでのビッグバンド観?を覆される音色と熱とグルーヴになって、うおおおおお…!!と叫んだものです。
合わせようとして合う、のと、合奏って、違うんだなあ…!!!と、身体がわかった感じがした。勢いが死んでない、それぞれの生きたままの音が輝いてく感じ。

日常からして、合わせようとするってことあんまりないしな。空気を読む、とかさ。

だから想像出来ないほどいろんな人がいて、それぞれが自分を生きていて、だからこそ他の人の異文化も尊重出来ているような、いろんな人が居てあたりまえ!!というのが心地よい街だったなー。
もちろん暮らしてると、差別は当たり前にあるし根深いし、理不尽なこともありまくるし、悔しいこともあるし、電車は来ないし、行き先変えまくるし、スタバのトイレは地獄絵図のように汚いし、、
お願いだからたまには空気読みプリーズ!!協調性急募!!と思ったりもするけど、とにかく色んなことがあるけど、
それでもやはり、色々であたりまえ、ってのが好きだったなあ。違う人なんだから、違って当たり前っていう。
その中には、合わせようとする良さや、針に糸を通すような美意識、日本の独特な文化や、自分の家の独特な文化も含めて。全員異文化だもんね!


その時々、自分が感じてたこととか、自分の中で見えてきたものとかが、匂いとか五感とともに思い出されて


うわああああ。またNYもいぎでえええ!!


…という気持ちをふつふつと帰りの電車で感じていると、母からメールが。


タイトルが、


うたまるさん。


photo:02




…まさか!!?
と思ったら緊急でない入院で、笑点にも影響なし、と。


…ほ!!!


そうだわ、、
NY居た時には、うおおおお生で笑点観てえええ!!!と叫んだ夜もありました。

どこに居ても、そこでしか生で観れない、感じられないものがありますな!!

母よナイス!!
速報ありがとうございます!!








iPhoneからの投稿