「これから悪性リンパ腫のこと、自分が当時知りたかったことを書いて行きたい」
と書いて以来、ほぼ書いてなかった。…オイ!!
まあそのくらい、病気にフォーカスしなくなってしまっていたってことでアッパレなんですが、、書く書く詐欺ですみませぬ。。
今日は、、何年越しだよ!って感じではありますが、悪性リンパ腫の前触れ?的なものから発見までを書きます。
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2009年5月頃。
肋間神経痛のような痛みが月に一度あって、あまり気にしてなかったのですが、どんどんひどくなって、走ったりするとすぐ疲れたり息苦しくなったり、というのに気づいたのが2009年10月。
現在もボイストレーナーをしていますが当時、ちょうど自分のライブやらボイストレーナーとしてアメリカでのレッスンを受けたりコーチが来日してくれて日本で試験を受けたりと忙しかった時期でしたが、歌う時に喉頭が上がりやすく、下げるようなエクササイズをしたら、「…ん?なんかあるな。。」という感じがしたのを覚えています。
で、近所の病院に行ったところ、、肺のあたりに拳大の影があるので国立がんセンターをオススメします、と紹介状を頂きました。ドキドキ。。
ちなみに、この病院の前に1つ、近所の内科にも行きましたが、こちらでは、「うーん、よくわからないけど、大したことないと思う。」と言われました。
まあそれが結果ガンだったわけなので、おかしいなー、、と自分で思った時は、面倒でも複数の病院行かれることを超!オススメ!します!
国立がんセンターにうつり、最初は呼吸器内科の優しくて素敵な男性のドクターにあたりホクホクしていたところ、生検(胸から長い針を刺して腫瘍の細胞を取って調べる。これがちょー痛かった…。)の結果、腫瘍が呼吸器ではなく縦隔という肺と肺の間にあるよ、と言われ。リンパ腫だから、と血液内科に移ることに。
細かく言うと、胸腺原発非ホジキン性 びまん性大細胞型B細胞性でした。
リンパ腫には、良性がない。つまり悪性リンパ腫=ガンです。と。
もうね、がんて言われた時点で、ほんとにガーン…。で、説明とかぜんっぜん覚えてねえ。。
ただその発表?の時は両親が来てくれていたので3人ともボーゼンとしながら診察室を出た後、急に不安やら感情が溢れてきて泣いてしまい、ここは両親と抱き合うかねと思って振り返るとなぜかそこにいたはずの父が姿を消してた…という記憶はあります。
で、血液内科に移ってからのドクターの対応の冷たさにびびりまして。呼吸器内科の素敵ドクターと打って変わって、ぜんっぜん顔も見ずにひたすらパソコン画面だけを見つめながらの説明をする担当医。「抗ガン剤の副作用により、不妊の可能性があります」とか、「自力で血液作れなくなるので入院して輸血しながら治療します」とか、わりと深刻で大事なことを伝えられてるはずなのに、ものすごく事務的でほんとに他人事みたいでした。私にとってもその時の担当医にとってもね。私ここにいますけどー!ニンゲンなんですけどー!!って感じで、、
なんというか、「患者A」とか「研究対象」として見られているというか。ガンならオレの言うこと聞け的な。
普通に暮らしてる人間として全く見られてない。感情があるとか生活があるとか、彼にとっては知ったこっちゃねーのがムンムンに出ていて、正直に言って、この人から治療は受けたくないなと思いました。。
この勘がその後の自分にどういう結果をもたらすか、、、
次回に続きます!!
(ちゃんと続きます…)
