自然に沿って生きる
自分を信じて生きる
無限に幸せ!を求める人を応援したい!
こんにちは!ソウルビューティーサポート mayumiです
がん末期の痛みが消えた!
世界一!不思議な力!に出逢う
私がその世界一!不思議な力!に出逢ったのは
2度目に結婚した
夫が肺がんになったことがきっかけでした
その時無知だった私たちは
夫の肺がんが見つかった後
抗がん剤と放射線治療
を安易に選択してしまいました
肉食も辞め
私も一緒に玄米菜食をはじめ
大好きだったお酒も辞め
タバコも吸えなくなり辞めて
とにかくその時点で出来うることをやり
色々手を尽くしたものの
その結果
⇩⇩⇩
痛みだけがひどくなるという
2013年の年末のことでした
お互いニューヨーク🇺🇸🗽
在住同士で出逢い
再婚❤️
私は子持ち2人の再婚
彼には子供はいなかったけれど
5年お付き合いして
その後結婚
彼に肺がんが見つかったのは
結婚して2年半後のことでした
最初、娘の風邪がうつり
咳が出て
その後
彼の咳が止まらなくなったのが
きっかけ
NYの小さな日本人の医師がいる
クリニックへ行き
色々していただくも
一向に咳が止まらない
アレルギーの時期でもあって
もしかしてアレルギー?と
アレルギーの薬なども飲んだけれど
まさか。。。
彼ががん
だなんてこれっぽちも
その時は思ってもいず
結局CT検査をすることに
今でも忘れない
そのCT検査の結果を聴きに
クリニックを訪れた時のこと
いつもにない
クリニックの先生の
神妙な顔
嫌な予感。。。がよぎる
その時はなぜか診察室ではなく
応接室のような特別な部屋に
通されて
神妙な顔の医師が放ったことばは
肺に影があります
すぐに大きな病院へ行ってください
紹介状は書きますので
え???
それって
肺にがんがある?っていう
ことでしょうか?
はい。。。
え???
彼ががん???
大きな病院へ???
え???
突然の出来事に動揺したものの
なぜかその時の私は
私が彼を助ける!!!
しっかりしなきゃという思いがよぎり
わかりました
紹介状をお願いします
とクールに対応し
NYのマンハッタンでも有名な
巨大な某病院の救急へ
すぐに行くことに
クリニックの応接室を出たところで
彼は、膝から崩れ落ち
泣きはじめました
後からそのことを彼に話したけれど
覚えていないと言っていました
一緒に泣くわけにいかない私
ほら!!!
行くよ!!!
とお尻を叩き
病院に到着
救急へ
緊急入院を言い渡され
その時に言われたこと
これから検査をしますが
おそらく悪性のがんの可能性があります
それもステージ4
一瞬にして
目の前が真っ暗になりました
人間というのは面白いもので
自分が肺がんと知り
緊急入院して
病室に入った彼は
今まで咳の症状しかなかったのに
血の痰を吐くようになり
痛みを訴えるようになり
もろに一瞬でがん患者となり
人のメンタルってすごい
自分を病気にもさせるし
自分を健康にもさせられる
その時に痛感させられました
すぐに抗がん剤治療がすぐに始まり
放射線治療も始まり
それしか希望を持てなかった
無知な私たちは
そこに希望をかけまして
とはいえ
アメリカの医療費はとにかくバカ高く!
治療が始まるも10日で
保険治療範囲1000万?だったか
が底をつきました
医療費が払えないなら
たとえどんな状況であっても
もう治療はできない
病院から出ていってくださいという🇺🇸
藁をも掴む思いで
国の保険にアプライし
その保険がアプルーブしたのが
腹を括って
もう病院から出ようと覚悟して
その日の朝
担当ドクターに
あなたたちはどんなにひどいことを
しようとしているか
わかりますか!と
訴えようと出かけた朝でした
朝のドクターの訪問を今か今かと
病室で待っていた私たちのところに
きたドクター
もはや喧嘩腰の私に(笑)
開口一番
ドクターが言った言葉は
あなたたちの保険がアプルーブしました
大丈夫これからも治療受けられますと
ヘナヘナと腰が抜けて
ベッドに横たわる彼の横で
病室で倒れる私
え???
ほんとですか???
涙がとめどもなく流れ
彼と手を取り合ったあのこと
今でも思い出す
そのあとも色々ありました
がんがなくなったことが2回
その後またがんが見つかり
を繰り返し
結局
彼のがんは良くならず
最終的に何が起きたかというと
アメリカの医師・病院にサジを投げられまして
ある日の午後
病室に何人ものドクターが集結しました
アメリカは担当医師が細かく
わかれています
肺
リンパ
血液
抗がん剤
放射線
食道
もろもろ
しかも
裁判王国のアメリカ🇺🇸
患者側から訴えられないよう
患者と医師の間を取り持つ医師までいて
旦那さんはこれからのことを聴きたいですか?
とその間を取り持つ医師に聞かれ
彼は聴きたくないというので
私は廊下に出て
その何十人もの医師たちに囲まれまして
医師がこう私に言いました
もう終わりです
あなたの旦那さんはもう良くなりません
と言い放った
YOUR HUSBAND IS NOT CURE
病院でできることはもうありません
これからのこと
ホスピスケアに移行してください
と
患者の前であなたはもう治らない
NOT CURE
ということばなど
軽々しく言わないでください!
NOT CURE
とか医師が言え
てしまうのが
アメリカのいいところでもあり
う〜んなところでもあり
それで
こちらは一筋の光に希望を持って
取り組んでいるんですから
と
医師につかみかかった私
その頃は特に
血の気が多い私でした(苦笑)
そんな医師につかみかかる
私を止めてなだめて
くださったのは
看護師の方たちでした
決定権は持っていないけれど
いちばん患者さんに寄り添う時間が多くて
いちばん患者さんのことを知っていて
いちばん大変な任務に関わっている
とてもとても大切な存在の方たち
今では私がアメリカの医師たちに
噛みついたことも
今ではもう良い?思い出になっていますが
その時は本当に必死でした
その後彼は病院を出て
自宅で私が看護師の役割をすることになりまして
ホスピスケアの施設に入れることはせず
(アメリカのホスピスケア、痛いと言ったら
ばんばんモルヒネ投与をされるだけ。
痛いなら痛みをなくす!が当たり前のアメリカ。
なんで痛いのに、モルヒネ入れない?
なんで痛いの我慢する?という考えがアメリカ
苦笑)
そんな状況のなか
何かもっと自然に良くなるものがあるはず
薬とか医師に頼るのではなく
もっと自然な形で
副作用などもなく
彼の痛みを軽減することができるものが
この世の中にはある!
きっとあるはず!
と諦めずに探し続けていた矢先
出逢ったのが
自然の力でした✨
探し続けていたある日
PCを開いたと同時に
パーーーーーーーんと!
出てきた
ん???
何???
自然の中にすごい力がある
その力につながることで
結果痛みや病気が治ることもあると
痛み治しや病気治しではない力です
とも記載があり
とにかく何がなんだかわからないけれど
その凄い力に繋がりたい!!!
それががん末期の激痛の痛みがなくなる始まりでした
その後ものすごい奇跡が起きるとは
つづく✨