やっと気付いたこと | mayuminのブログ

mayuminのブログ

ブログの説明を入力します。

あるドラマ(海外モノ)を配信で見ていて

久しぶりにハマり

何度も見返していた。


ふと、登場人物のひとりが

亡き友人の娘さーちゃんと重なった。

自閉症の役の人だった。

(本筋から離れた場面に出ていたから

見逃し…というか流し見して気付かなかった)


その人はワガママなのではなく

自分以外の人のことを思いやることが出来ない


会話は普通に成立していても

そこに大人としての感覚が欠落している…

伏し目がちで人の目を見て話せない

自分の用件だけを話し

相手の話には無関心。

ドラマだから誇張している点もあるが。


あれ?これは…こういうタイプの人と

接した経験があるなぁ。


さーちゃんと私の叔母だ。



そしてやっと

もうひとりの共通の友人M子さんが

ずーっと私に言い続けて来たことを

改めて思い出した。


さーちゃんの話になるとM子さんは

「だから…あの子はある種の障害があるの」

とよく言った。

私はそれを笑い飛ばしていた

(M子さんは毒舌な冗談をよく話す)


M子さんの息子さんは

何かの発達障害で(聞いたが忘れた)

彼女は奔走して調べまくり

育てた経験がある

だから、わかるのだ、と言っていた。

「あの子には明らかに欠落している部分があるの

差別とかじゃなくて

その特性を理解した上で付き合いしなさい」


私は…認めたくなかったのかもしれない。

Y子さんの娘だから

そんなはずはない、と。


ブログに書く時、いや誰かに

さーちゃんの話をする時

私はあえて

あの子のことを良いように表現して来た。


でも実際には

目を見て話しが出来ないことや

成人した大人としての振る舞いが出来ないこと

常にオドオドしていたり

挨拶が出来ないこと…

慣れた相手、私や彼女の夫には

違うが

それ以外の人には上手く対応ができない…

場面緘黙症の傾向というか

全くそのもの…だった。

たぶん、彼女の世代なら

そういう診断すら出ないし

極度の人見知りか気が弱い子となり

親も気付かなかっただろうが、

あれ?と思うことがたくさんあった。


自分の用件だけ話すが

それも、用件を聞き出すまで時間がかかる

辛抱強く聞いた後、何らかのアドバイスをしたら

そこでブチっと切られることも多々あった。

たぶん悪気ではなく。


時には私が「それは…わからない」と言うと

最後まで聞かずに切る…とか。

「もういいです」でもなく切る。


え?とさすがに思ったが

また悪びれることなく

数日後何もなかったかのように電話が来る。

私は混乱する一方だった。

母親と思って甘えているのだろうと

思うようにしてきた。


でも、それはエスカレートするばかり。


私が距離を置くきっかけになった

最後の電話も、まさにそれだった。

言いたいことをしどろもどろで話し

自分の気が済んだら

突然、電話を切ってしまった。


その日、私は(もう無理だ)と思った。

感情的になり、頭に来た。

この人とは気が合わない

友達として続けられない。

たかが電話を一方的に切られただけ…

と私は思えなかった。

心が狭いのかもしれないと

自分を責めたりもした。


「子供が帰宅したから」とか

何らかの理由で

途中で電話切らなきゃならないことはあるよ

それなら私だって理解する

でも…今まで生きて来て

突然電話を切られるなんて

会社で取引先と揉めて怒って相手が

わざとガチャンと切る以外になかった。



ドラマきっかけで(あれ?)と思い

M子さんの指摘が正しいのかもしれない

と気付いた。


もしかしたらボーダーラインなのかもしれない 


私には障害を持った叔母(母の妹)がいて

祖父亡き後からずーっと我が家で一緒に暮らした。

叔母は幼い頃の病気の後遺症で

身体の麻痺と

知的な発達もそこで止まってしまった。


叔母の場合は後天的なことだけど

叔母に関わることで私は

障害のある人やそのご家族と接する機会が

多々あった。差別する気持ちもないし

同情する気持ちもない

あくまで自然体で接するのが私の当たり前。


大人になってさーちゃんと再会した時

私の第一印象は、その障害のある

(叔母みたいだな)だった。


対面で数人と会話していて

何か気にいらない発言があると

それがはっきり表情に出るところ

私が気付いて優しく意見を聞いても発言出来ない

叔母にそっくりだ。


夫に「叔母みたいな感じの人だわ」と

話した記憶がある。

夫は「え?😳健常者だよね?」と

少し驚いていた。


幼い頃のさーちゃんは天真爛漫

5歳くらいまで明るい普通の子だった

こんなに挙動不審な態度の子になるなんて…

よほど親が毒親だったのだろう、と

私は信じて疑わながった。

つい先日までそうだった。

あのドラマを見て

M子さんの指摘を思い出すまでは。


もし、彼女が…M子さんの指摘通りならば

合点がいく。


気が合わない、と思っていたが

そもそも、気が合う以前の問題。


それなりの対応をすべきだったし

彼女と大人同士の会話は求める方が間違っていた。


私にとっては

不思議な振る舞いが多々あったけど

腹を立ててはいけなかったのだ。


****************

私は、自分の夫にはそういう

(あれ?)と感じた話をしないで来た。

良いことしか言わなかった

さーちゃんは叔母に似ている…と

最初に一度言ったきり。


外で、仕事して疲れて帰宅した人に

専業主婦の私が自分のくだらない話を

聞かせるわけにはいかない…と思ったし。


この連休中、初めて話した。

さーちゃんとは距離を置いたことや

それに対しての彼女の反応、

今、気付いたこと

そして私はやっと心が解放されて

精神的に平和になったことまで。


夫は驚いてしばらく絶句していた。


彼は、子供が居ないが子供好きの私にとって

さーちゃんが娘代わりで

その子供達が孫代わりになってくれたら

私が寂しくないだろうと期待していたらしい。


だから「さみしくないのか」を

まず心配したが

強がりではなく

本当に大丈夫なことを話した。


徐々に子供達を預かる事を減らしていたし…


さーちゃんの子供達は二人とも発達グレーに該当し

(今は何でも検査検査だから…)

登園の行き渋りや強いこだわりで

育て難くなって来ていた。


あの子達をひとりで預かるのは

どんどん難しくなっていた。


その相談もされて来たが

実の祖母ではない私が

できるアドバイスには限界がある。


母親なら

M子さんのように医師を探すなり 

様々な情報から自分で学ぶなり

手立てがあるが

さーちゃんは何も行動しない。

私に話して自分がすっきりして終わるから。


また、さーちゃんの特性なのか

自分の身なりも気をつかえない

母Y子さんが生きていた時は

上から下まで全て母親が買い与えていた。

お嫁に行った後も。

「見てられないから…」とY子さんは

言い訳していたが

場にそぐわない服装をするらしい。


孫が産まれてからは

祖母馬鹿になってやはりYさんが

普段着や下着の果てまで孫の服を買っていた。

それを微笑ましく見ていたが…

Y子さん亡き後

さーちゃんも子供達もボロボロの服装になった。


園児服の下に着せる服が

「これ…パジャマじゃないの?」とか

「サイズアウトしてるよ?」で

ネグレクトされた子じゃあるまいし…

と何度驚いたことか。

子供は汚すしすぐ大きくなる…

でも、そのレベルじゃないのだ。

ボロボロの服、よれよれの服

コーディネートなんてもちろんしないから

柄物のシャツに柄物のズボン

下の女の子に至っては

その充分着倒したお兄ちゃんのお下がり。

(これ、廃棄処分な状態じゃないかな)


私は姪を育てたが

働きながら幼稚園に行かせて

忙しかったけど

家着は別にして園児服の下に着る服や

公園で遊ばせる時だって

あんなボロボロは着せたことがない

パジャマですら…

というか、どうしたらあそこまで

ボロボロになるのかがわからない。


今の時代であんなボロボロな服装の子は

近くの公園のクソガキ(家庭環境が悪い子)

でも、まだちゃんとした状態の服だ。


どうして?と思ったが言えなかった。

経済的にも充分裕福だし

ただ、単にそこに気が回らないのかな


それで良いのかな…

子供達が学校に行くようになったら…

大丈夫なのかな、勝手に心配だった。


今、思えば、特性だったのかも。

Y子さんが全て買い揃えていたのは

過保護だけど、

それでなかったら…成り立たなかったのかも。


友人の孫ちゃんが

発達グレーだが

母である娘さんは様々な対策をして

幼稚園も小学校も選んで入れた。

そういう子をちゃんと見てくれる学校に。

娘さんはそのために転居までした。


そんな情報を何となく耳に入れても

さーちゃんは全く興味を持たなかった。

彼女自身、子供達が少し違う?と

気付きながら、私に相談しているのに

話したことで自分がスッキリしてしまう。


それにたとえ発達はグレーでも

さーちゃんの子供達は

知的には問題がないのはわかっていたから

大人になれば、何とかなるだろう、と

私は信じることにした。

ただ、いちいち…何も手立てをしないのに

朝に昼に夜に…時間構わず電話が来て

私は疲れ果ててしまった。


もう三年以上、何も進歩がない。

子供達は成長していくのに…。


そして夫は全てを聞き終わったあと

「実は…」

と、今まで感じて来た彼の違和感を話し出した。


夫なりに私が『負担』になっているのを

感じ取っていたらしい。


「〇〇ちゃん(叔母)と接するように

しなければいけなかったんだね、

なのに、自分達の感覚を相手に期待していた

それが間違いだったね…」

と夫は言った。

そして

「もう丸3年経ったのだから

Y子さんも許してくれるよ」と。


「もし、実の娘で実の孫なら

どうしていただろうね…」と夫が聞いた


私は食い気味に言った


それなら娘にバンバン怒っただろうし

孫に関しては頼まれなくても

しゃしゃり出て行ったわ!

あんなこともこんなこともしてやらなきゃ!


夫が

「それ…毒親じゃない?

子供がいたら、そんな母親になってたかもよ🤭」


私が反論する前に

言い捨ててサッサと自室に逃げて行った

┐(´д`)┌


夫が…正しいかもしれない。