年をとらなきゃわからない | mayuminのブログ

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サブスクのドラマを見ていて

ハッ😳と思ったセリフがあった。


老人が若い人に向かって

「ワシだって若い頃を経験してるんだ

だから若い者の気持ちはわかる。

でもアンタ達は高齢になった者の気持ちが

わからない

老体を経験していないんだからな!😤」


当たり前のことだけど

そんな風に考えたことがなかったから

ハッ😳とした。


親の介護してきて

他の高齢な方々とも接して

私なりに理解…いや想像して

思い遣って来たつもりだったけど。

それはあくまで想像。

私は老体を経験していないんだから。


もっと介護を勉強して

寄り添ってあげられたら良かった…

と、一瞬、天使になったが

次の瞬間「そーんなの無理だわ」と思った。


よく介護従事者向けの研修で

重い鎧みたいなのを着用して

『高齢者は常にこれくらいの不自由さを

感じながら生活している』とかやるが

それくらいならわざわざ鎧着なくても

想像がつく。

1番肝心なのは、その心、精神状態じゃないかな。


父は最晩年よく

「おい、老いるとはひどいもんだよ

自分の身体が思い通りに動かない

見てみなさい、パパはこの扉が重いんだから」

とか、いちいち呟いていた。


根が明るい家族だったから

内心(😱😱😱)と思いながらも

口では

「お箸🥢より重いものは持てなくなるなんて

おぼっちゃまみたいだねーあはは😆」

と笑い飛ばしていたが

あれは…ダメだったなぁ。


「そんな風になるんだね

大変だね、私もそのうち経験するんだね」

と言えば良かったな。


最晩年は入院なんかする度に

(当時は脱水程度で直ぐ入院、点滴治療だった)

父は

「おい…ついにパパは終わりかもしれない」


私は(内心、そうかも!と思いながら)

「そんなこと言って┐(´д`)┌

何回同じ会話したかわからないよ〜

また今回もお迎え来ない!って😆」


父「まぁ、そうだな!ワハハ😆」

冗談に変えていた

カーテン越しに聞いていた看護師さんは

「明るいご家族なんですねー」なんて驚いてた。



私自身、精神年齢とは裏腹に

どんどん年を取り  

気力が低下して来た。


母が今の私の年齢だった時は

制度的には、もう充分高齢者扱いで

(なんたって60才で年金支給開始だし

たしか当時は医療費も高齢者は負担ゼロ

だった気がする…親がどんどん改悪される制度に

怒っていた記憶)


それでも、母は晩婚で高齢出産だったから

娘達は孫のような年齢で若い。

だから年寄り扱いどころか

母業は還暦になっても進行形。

夫の世話からご近所付き合い

私ら娘達は同居していたので

一家の主婦として忙しい毎日だったはず。


母は決して元気だったわけじゃなく

命の母とか飲んだりしてたし

大変だったんだろうな、

今なら…わかる。


今、自己免疫がおかしくなり

体調が良い日がないが

年齢的に全快なんてないだろうし

この体調を受け入れて生きていかなくては

と思い始めている。


それを別にして

同世代の人、それ以外の若い人の

体調の変化などは経験したからわかるけど

年長者、高齢者はまだ未知の世界なんだな、と。


あと二十年したら

父が「老いるのは大変…」という

心からのつぶやきを

私も実際に体験するのだろうか…


私は…そんなに長生きしたくないけどね…😅

ちび子より先には逝けないだけでね。