学校カウンセラーと話をしてもやもや。
何故なら、そのカウンセラーに「子どもたちは小学校に入り、周りと折り合いをつけることで社会性を身につけている。自分を出したら、学校はまとまらない。フリースクールは少人数だから、自分を出せる。だけど、それでは社会に適応していけないでしょう。好きにしていたら必ずいつかつまずく」と。。。言われたから。
えっ?
誰のための学校?
個より集団が重視される公教育。
自分を大切にできるから、人も大切にできるんじゃないかな?しかもやりたい放題もしないし。。。子どもは助け合う力とかも持ってる。どんだけ子どもの力を知らないんだろう?
不登校の子どもの数は、24万人。
声に出せない子どもたちが休むという形で社会に訴える。
自分の学びたいことを学べる学校にしてほしいと。。。
子どもたちが求めているのは、教えられることでなく、学びをサポートしてもらえること。。。
これからも、
学校とのやりとりが続く。
正直、親としては、公教育に籍を置きながら、フリースクールに通うのは、今回のカウンセラーのように、なかなか理解してもらえないのに、子どもの気持ちを伝えなければならず、しんどいし辛い。
そんなとき、いつも
「子どもの権利条約」が頭に浮かぶ。
●生きる権利
住む場所や食べ物があり、 医療を受けられるなど、命が守られること
●育つ権利
勉強したり遊んだりして、もって生まれた能力を十分に伸ばしながら成長できること
●守られる権利
紛争に巻きこまれず、難民になったら保護され、暴力や搾取、有害な労働などから守られること
●参加する権利
自由に意見を表したり、団
体を作ったりできること
息子は、生まれたときから意志の強い子どもだった。
一応学校では、言われる通り過ごしてみたが、「今は行かない!」と、ぱたっと行かなくなった。
みんな学びたいこともやりたいことも違う。画一的な学び方でなく、フレネ教育やイエネ教育のように、その日学びたいことを自分から見つけて学ぶ。それをサポートしてくれる。。。
そんな学校だったらどんなに楽しいだろう。
そうすると、勉強が得意な先生は算数を教えてくれて、大工さんが図工を教えてくれる。ピアノが好きな子はピアノの先生とピアノを弾き、サッカーが好きな子はサッカークラブのお兄ちゃんにサッカーを教えてもらう。
夢のような話だが、
昔の日本はそんなふうにみんなで助け合いながら、自分ができることをまわりにしてあげることで学び合っていたんじゃないだろうか?
制度化されて、誰もが教育を受けられるようになった。
義務教育や、教育を受ける権利が保障されている日本の制度は素晴らしいと思う。
だが、子どもたちは、教えなければならない存在として扱われることで、窮屈な思いをしていないだろうか。
子どもを一人の人として尊重することが大切なんだけど、それがなかなか難しい。
学校カウンセラーの先生と話して、気が重くなった🤣なんのためのカウンセリングやねん。私の言い方が、公教育を批判する言い方になってたんだろうなぁ〜。それでは、お互いに歩み寄れないなぁ〜と反省💦